心房細動薬物治療のベストストラテジー |
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ベプリジルを用いた心房細動治療のほか,スタチンやACE阻害薬によるアップストリーム治療について,6名のシンポジストが講演。詳細なデータをまじえた発表が行われた。
●リズムコントロールにおけるベプリジルの有効性と限界–発作性心房細動長期フォローアップデータから–
吉賀 康裕氏(山口大学大学院医学系研究科器官病態内科学)
ベプリジルの慢性化予防に対する有効性について,発作性心房細動(PAF)の長期フォローアップデータを用いて検討し,結果を報告した。
平均9.8年,92例のPAF患者を観察したところ,4%で心房細動(AF)が慢性化していた。多変量解析の結果,発症年齢が高い,心不全歴のある症例で,早期に慢性化することがわかった。これに対し,ベプリジル投与例では非投与例に比し有意に慢性化を抑制。I群抗不整脈薬単独例とベプリジル併用例における洞調律維持率を比較すると,長期的には両群間で有意差はなくなるが,中期的にはベプリジル使用例で維持率が高かった。吉賀氏は「ベプリジルはPAFの慢性化に対し,長期的には限界があるが,中期的にはQOLの改善に寄与し,リズムコントロールの一端を担っている」と結論づけた。
●不全心に伴う心房細動に対するベプリジルの効果
嶋根 章氏(兵庫県立姫路循環器病センター循環器科)
日本循環器学会による心房細動治療ガイドラインでは,不全心に伴う心房細動(AF)に対して,ベプリジルは選択肢の一つとされているが,効果・安全性については十分な検討がなされていない。そこで,兵庫県立姫路循環器病センターでベプリジルを用いて治療したAF患者211例を対象に検討を行い,その結果を発表した。
左室駆出率(LVEF)>40%と40%≦に分け比較したところ,LVEF≦40%ではベプリジル投与量が少なく洞調律維持率が高かったが,有害事象の発生率は高かった。
嶋根氏は「LVEF≦40%では,LVEF>40%の症例よりも高齢であったことから,加齢や心機能の低下に伴い,ベプリジルに対する感受性が高まる可能性がある」と考察したうえで,「高齢者や心機能低下例においては,より少ない投与量でも洞調律維持効果が期待でき,副作用を軽減できる可能性がある。しかし,致死的な副作用も発生し得るため,十分な注意をもって経過観察することが不可欠である」とまとめた。●発作性心房細動に対するアップストリーム治療の有用性に関する検討
平山 悦之氏(日本医科大学内科学循環器・肝臓・老年・総合病態部門)
発作性心房細動(PAF)のアップストリーム治療に関して,現在までのところ一致した見解は得られていない。この原因の一つとして,平山氏は「心房細動発生の有無を正確に評価できていないことがある」と説明。そこで,PAFの臨床的特徴である慢性化をエンドポイントとして,ACE阻害薬,スタチン,I群抗不整脈薬およびカルシウム拮抗薬の有用性を後ろ向きに比較し,その結果を発表した。
対象は1980~2008年に日本医科大学不整脈外来を受診した基礎心疾患のないPAF患者で,5年以上経過観察し得た125例。外来カルテ,心電図記録よりPAFの慢性化までの期間を判定したところ,ACE阻害薬を服用した例では,非服用例と比較して,有意に慢性化が抑制されていた。この結果について,平山氏は「ACE阻害薬は心房の繊維化を抑制することで抗不整脈作用を発揮したのではないか」との考察を述べた。その他の薬剤では有用性はみられなかった。
●千葉大学関連多施設コホート研究はスタチン投与により脳梗塞の発症と心房細動の慢性化を抑制することを示唆する
浜 義之氏(千葉大学大学院循環病態医科学)
スタチンの発作性心房細動(PAF)に対する抑制効果が報告されているが,慢性化(CAF)への進展抑制効果および脳梗塞予防効果については明らかになっていない。今回,2002~2008年のデータを用いて,PAFの慢性化と脳梗塞発症について解析し,結果を報告した。
対象は千葉大学病院などを受診した心房細動患者911例。スタチン服用例では非服用例に比べ,基礎疾患を有する症例が多かったにもかかわらず,慢性化が有意に少なかった。とくに男性,冠動脈疾患,高血圧,心不全症例においてこの傾向が強かった。一方,ARBあるいはACE阻害薬の有無による差はみられなかった。スタチン服用/非服用によって脳梗塞発症率に差はなかったが,脳梗塞ハイリスク症例においてはスタチンによる予防効果がみられた。
●発作性心房細動に対する抗不整脈薬療法とアップストリーム療法による再発ならびに構造的リモデリング進展の予防効果
小松 隆氏(岩手医科大学内科学講座循環器・腎臓・内分泌分野)
ACE阻害薬エナラプリルおよびスタチンの併用が,発作性心房細動(PAF)における再発予防と構造的リモデリングの進展阻止に有用かどうかを,後ろ向きに検討し,結果を報告した。
PAF患者319例を対象とし,平均50ヵ月追跡。両剤の併用は,各単剤および服用なしと比較して,心房細動(AF)再発を有意に抑制した。また,慢性化についても「服用なし」に比べて有意に移行率が低かった。一方,治療前後の左房径に関する検討では,スタチン単独では有意な増加がみられたが,併用例では有意な変化はみられなかった。小松氏は「両薬剤の併用はAFの再発予防ならびに慢性化阻止効果のみならず,構造的リモデリングへの進展予防効果も発揮し,アップストリーム治療として有用性が示された」と結論づけた。
●日本人心房細動に対する薬物療法のターゲット:Shinken Database 2004-2006 心房細動患者のmortalityとmorbidityから
山下 武志氏(財団法人心臓血管研究所内科)
山下氏は冒頭で「心房細動(AF)に関する大規模臨床試験において,死亡をエンドポイントとすることは難しく,心電図は偽の代用マーカーである可能性がある。また,薬物療法の目的を再考し,新規薬物評価に最適なエンドポイントを明らかにする必要がある」と述べ,今回,現実の医療をコホート研究として見直し,解析した際のデータを紹介した。
Shinken Database 2004–2006のAF患者968例を対象とし,死亡率および罹病率を解析。その結果,現在のAF治療により死亡率は非常に低くなり,エンドポイントとするには不適当であることがわかった。しかし,罹病率ならびに入院率は依然として高く,真のエンドポイント候補となりうることが明らかになった。さらに,罹病と入院のリスク因子は異なっていた。
山下氏は「治療目的の異なる患者層が存在することに留意すべき」と指摘。「AF治療とこれらのエンドポイントの関係把握にはランダム化比較試験が必要である」と結んだ。
総合討論では,「ベプリジルに長期的な効果が期待できないのであれば,他の治療への切替えをどのように見極めるのか」,「アップストリーム治療に関する結果がシンポジスト間で異なるのはなぜか」,といった点が議論された。
座長の中谷氏が「現存の薬物では限界があることが本シンポジウムでも明らかとなった。こうしたことを踏まえてつぎのステップに進むべきである」としめくくり,シンポジウムは終了した。