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[学会情報]日本動脈硬化学会(JAS)2012
「改訂 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012」

左:寺本民生氏,右:佐々木淳氏

『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版』(以降,2012年版)は第44回日本動脈硬化学会総会・学術集会(7月19・20日,福岡)に先立ち,6月に刊行された。ここでは,学会2日目に行われた「改訂 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012」セッション(座長:帝京大学・寺本民生氏,国際医療福祉大学・佐々木淳氏)の概要を紹介する。動脈硬化性疾患の予防には,脂質異常症の管理のみならず,個々の患者が保有する危険因子からリスクを見極めた治療戦略をとることが課題となる。そこで今回の改訂では,絶対評価による患者カテゴリー分類の導入とともに,危険因子の包括的な管理の必要性が強調された。

高リスク病態とLDL-C管理目標値の設定

寺本民生氏

まずガイドライン委員長の寺本民生氏が,今回の改訂の経緯や概要,ならびにおもな変更点が5つ(診断基準境界域の設置,絶対リスク評価によるリスク層別化,動脈硬化性疾患の包括的管理,高リスク病態,non HDLコレステロールの導入)あることを紹介してから,このうちの「高リスク病態」について解説した。

脂質異常症の管理目標値は,「二次予防」および「一次予防(カテゴリーI~III)」の管理区分で設定されている。2012年版のLDL-C管理目標設定のためのフローチャートでは,冠動脈疾患(CAD)の既往がある場合は「二次予防」に分類され,LDL-Cの管理目標値は100mg/dL未満となる。さらに二次予防のなかでもより厳格な管理が必要な病態・危険因子として,急性冠症候群,喫煙,糖尿病,慢性腎臓病(CKD),脳血管障害・末梢動脈疾患(PAD),メタボリックシンドローム,およびこれらの重積をあげた。これらを有する患者では,必要に応じてさらに厳格なLDL-C値の管理を考慮してもよい。

一方,CAD既往がない場合は,糖尿病,CKD,非心原性脳梗塞,PADのいずれかを有するか,または絶対リスク評価においてNIPPON DATA80リスクチャートで10年間のCAD死亡率2.0%以上に該当すると管理区分が「カテゴリーIII」とされ,これらを高リスク病態と位置づけている。

糖尿病患者では,細小血管症合併,持続的な血糖コントロール不良状態,喫煙,CKD,非心原性脳梗塞・PAD,メタボリックシンドロームなどを有するとCAD発症リスクが高まるため,LDL-C 120mg/dL未満の達成が必須である。これらを複数合併している場合は,二次予防と同等のLDL-C 100mg/dL未満も考慮する。 CKDは心血管疾患発症リスクを高める。また,CKD患者の死因をみると心血管イベントがもっとも多いが,治療によりLDL-Cを低下させると心血管疾患発症が抑制されることがわが国でも示されており,2012年版から高リスク病態として新しく加えられた。脳血管障害は,疫学研究では総コレステロールとの関連が認められていないが,治療によりLDL-Cを低下させると,脳梗塞発症リスクは抑制される。PAD患者ではCAD合併率や心血管死亡率が高く,注意が必要である。

家族性高コレステロール血症は,CAD発症リスクが非常に高く,厳格な治療が必要とされる疾患だが,その他の脂質異常症と同様に扱うことができないため,前述のフローチャートは適用されない。しかし,スタチン治療の普及に伴う診断率の低下も指摘されており,あらためて高リスク病態としての認識が必要である。そこで,2012年版では家族性高コレステロール血症の診断基準が設定された。管理目標値はLDL-C 100mg/dL未満,または治療前の50%未満。

寺本氏は以上に示した高リスク病態の重要性を強調するとともに,危険因子は早期に解消することが重要であり,「絶対リスク評価で低リスク群に分類されやすい若年者や女性においても,早期からの生活習慣改善が重要」と述べた。

「境界域高LDLコレステロール血症」とnon HDL-Cの導入

枇榔貞利氏

Tsukasa Health Care Hospital 内科の枇榔貞利氏は,脂質異常症の診断基準について,2012年版で新しく設けられた「境界域高LDLコレステロール血症」やLDL-Cの測定法,non HDL-Cを中心に解説した。

高LDLコレステロール血症,低HDLコレステロール血症,高トリグリセライド血症の基準値については,前回のガイドライン2007年版と同様に,それぞれLDL-C 140mg/dL以上,HDL-C 40mg/dL未満,トリグリセライド(TG)150mg/dL以上とされた。

一方,LDL-Cの正常範囲内での上昇に関して,疫学研究CIRCSからLDL-C 120~139mg/dLでもCAD発症リスクが約2倍に上昇すること,また,NIPPON DATA80やJ-LIT試験のサブ解析から,コレステロール値が同じくらいであっても高齢,喫煙,高血圧,糖尿病などの併存する因子や病態によってCADのリスクが上昇することが示された。そのため2012年版では,併存する危険因子によって高リスクとなるような人を見逃さないために境界領域を設け,LDL-C 120~139mg/dLを「境界域高LDLコレステロール血症」とした。

LDL-Cの測定について直接測定法の測定精度に問題があるというデータが報告されたことから,2012年版ではFriedewald式(F式)を用いて算出することを推奨している。しかし,TG 400mg/dL以上の場合にはF式では正確なLDL-C値を算出できないため,LDL-Cの代わりに,血清リポ蛋白全体からHDL-Cを除いた値であるnon HDL-Cを用いることが推奨された。non HDL-Cは茨城コホート研究,JALS-ECCといったわが国の疫学研究からも心血管疾患と関連することが示されている。具体的なスクリーニング基準値については,non HDL-C値がLDL-Cに30mg/dLを加えた値とほぼ同等であるという報告に基づいて,170mg/dL未満と設定された。

NIPPON DATA80のリスクチャートによる絶対リスク評価

岡村智教氏

慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学の岡村智教氏は,2012年版で絶対リスクを導入する際に用いられた,NIPPON DATA80のリスク評価チャートについて解説した。絶対リスクは欧米でリスクアセスメントの方法としてすでに確立されている。

NIPPON DATA80のリスク評価チャートでは,それぞれCAD死亡リスクとの関連が示されている5つの危険因子(総コレステロール[TC],収縮期血圧[SBP],年齢,喫煙および糖尿病)を用いて,10年以内のCAD死亡の絶対リスクを算出している。ガイドライン2012年版では,CAD死亡の絶対リスク2.0%以上を管理区分「カテゴリーIII」,0.5%未満を「カテゴリーI」の低リスクと設定した。なお,絶対リスクで評価すると,若年者や女性は低リスクに分類されてしまうことが多いため,生活習慣改善のための動機づけとして相対リスクチャートの使用が推奨される。

絶対リスクの導入にあたって,わが国の疫学コホート研究のなかでもNIPPON DATA80のリスクチャートが採用された背景として,同研究は,全国から無作為に抽出された300地区の一般住民を対象としていて地域的な偏りがないことや,ベースラインが1980年であり介入が行われていない自然状態に近いTC値が得られていること,参加率や追跡率が高いことなどがあげられる。ただし,検討されたエンドポイントが死亡のみであることや,LDL-CやHDL-Cの情報がないことなどの限界もある。NIPPON DATA80では検討されていない項目である家族歴,低HDLコレステロール血症,耐糖能異常は「追加リスク」として位置づけられた。ほかのリスク評価ツールについても,ガイドラインに用いる場合の長所と短所の両方が議論された。たとえば,久山町研究のリスクスコアはLDL-CやHDL-Cの評価が可能な一方で,エンドポイントに脂質の影響が出にくい脳卒中が含まれている。コホート研究のメタ解析であるJALS-ECCは急性心筋梗塞の発症をエンドポイントとしているが,農村部のコホートのデータが中心となっており,発症率などが日本人全体の代表的な値であるとはいいにくい。

このように,現状ではすべての条件を備えたツールはなく,「今後は都市部と非都市部の人口規模を反映させたメタ解析を実施したうえでリスク評価ツールを作成する必要がある」と岡村氏は述べた。

動脈硬化性疾患の包括的リスク管理

横出正之氏

京都大学医学部附属病院探索医療臨床部の横出正之氏は,動脈硬化性疾患予防における複数のリスク因子を考慮した包括的リスク管理について紹介した。

動脈硬化性疾患の予防では,脂質異常症のほか,介入可能な危険因子である喫煙,高血圧,糖尿病などの管理も重要である。これらの危険因子の管理を早期から包括的に行うため,ガイドライン2012年版では,スクリーニングから治療に至るまで7段階の具体的なステップを示した「包括的リスク管理チャート」が作成された。今回の改訂では,リエゾン委員の参加により関連学会の意見が取り入れられ,それぞれのガイドラインの内容が盛り込まれている。

Step 1の「スクリーニング」のポイントは,重要な危険因子を見落とすことなく網羅的に評価すること。スクリーニングに欠かせない基本項目として,病歴,身体所見,臨床検査,生理検査,画像検査の5つが具体的に示されている。動脈硬化性疾患の既往や症状がある患者,脂質異常症や高血圧,糖尿病の治療中または長期間放置して高リスクが予想される患者には,追加項目として示されている検査を考慮する。これらのなかには,スタチン治療の普及に伴って見逃されることが増えている家族性高コレステロール血症の診断を想定した項目も含まれており,早期からの厳格管理や専門医への紹介につなげることが期待される。

Step 2では「危険因子の評価」を行う。危険因子のうち,高血圧,糖尿病,CKDの診断基準については各学会のガイドラインにしたがう。第1度近親者(子供,兄弟,姉妹,親)に早発性冠動脈疾患や突然死などの家族歴がある場合には,リスク層別化や管理のうえで慎重な対応が必要である。

Step 3以降では,Step 2で評価した危険因子を加味し,絶対リスク評価に基づいた管理区分から治療方針を決定していく。高血圧や糖尿病などの「各疾患の管理目標」(Step 5),「薬物療法」(Step 7)については,それぞれ各学会のガイドラインや指針にしたがうとしている。「生活習慣の改善」(Step 6)は動脈硬化性疾患予防の基本であり,薬物療法前段階のみならず,導入後も指導を継続することが必要である。

Step 1~7からなる包括的リスク管理チャートのおもな対象は精査が必要な初診患者だが,治療中や経過観察中の患者でも,今まで見つかっていなかった危険因子の発生や,加齢によるリスク上昇に伴う再評価のために,このチャートを活用して定期的なスクリーニングを行うことが推奨される。

セッションの最後に,ガイドライン委員長の寺本氏は包括的なリスク管理の必要性についてあらためて言及し,「今回の改訂でははじめて関連学会からの意見を取り入れてフローチャートを作成したが,今後も各学会と相談して改良していかなければならない。そして将来的には包括的な管理が動脈硬化性疾患予防における主流となるべきである」とまとめた。

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