第44回日本動脈硬化学会総会・学術集会(7月19・20日,福岡)の2日目,シンポジウム「日本における大規模臨床研究(現状と欧米との差異)」(座長:東京大学・山崎力氏,九州大学・古野純典氏)が開催された。ここではその概要を紹介する。
九州大学病院腎高血圧脳血管内科の二宮利治氏は,疫学研究の視点から日本と欧米の状況を比較した。
脳心血管疾患の疾病構造の特徴 日本国内の死因別死亡の年次推移をみると,脳血管疾患による死亡率は1960~70年以降に大きく低下し,虚血性心疾患(IHD)による死亡率もゆるやかな減少傾向にある。ただし,欧米諸国と比較すると日本の脳卒中死亡率はいまだ高く,その一方でIHD死亡率は低い。
脳梗塞の病型の欧米化 疫学研究の久山町研究で,脳梗塞発症例において各病型の占める割合の変化をみると,1961年以降,ラクナ梗塞は減少し,アテローム血栓性脳梗塞と心原性脳塞栓は増加していた。日本のラクナ梗塞の割合は欧米と比較するとまだ高いが,全体的に脳梗塞の病型のパターンは徐々に欧米型へシフトしているといえる。
IHDの危険因子の時代的推移 久山町研究では,1961~2002年にかけて高血圧の有病率の大幅な変化はみられていないが,降圧薬服用率の増加に伴って,高血圧患者の血圧値は順調に低下している。一方,肥満や高コレステロール血症などの代謝性疾患の有病率は顕著な増加傾向にあり,2002年の集団では男性の54%,女性の35%が糖代謝異常だった。このまま日本人の糖代謝異常が増加し,生活習慣の欧米化が進んだ場合,心筋梗塞発症率が欧米並みになってしまう可能性もある。喫煙率は減少傾向にあるものの,世界各国と比較するとまだ高い。
以上をふまえ,「IHDの予防のためには,高血圧の管理や禁煙の普及とともに代謝性疾患への対策が重要」と二宮氏は述べた。
加古川西市民病院の石川雄一氏は,日本で大規模臨床試験を行う意義について,「日本発」の脂質低下薬の有効性を検証したMEGA試験とJELIS試験を例にあげて解説した。
MEGA試験とJELIS試験から得られたもの プラバスタチンの開発は1970年代に三共(現・第一三共)株式会社の遠藤章氏らによって始められた。日本人の高コレステロール血症患者を対象に,プラバスタチンの冠動脈疾患(CHD)一次予防効果を検討したMEGA試験は,2005年に米国心臓協会(AHA)学術集会で発表,2006年にLancet誌に論文掲載と,典型的な大規模介入試験の軌跡を辿った。しかし「日本発」の薬剤であるプラバスタチンの試験でありながら,WOSCOPS,CAREなど欧米の試験に後れを取ってしまった点は課題とされた。一方,イコサペント酸エチル(EPA)は1980年代に持田製薬株式会社が製剤開発を開始。JELIS試験では日本人の高コレステロール血症患者を対象にEPAの心血管イベント予防効果が検討され,その結果はMEGA試験と同時にAHAで発表された。両試験はともに高い冠動脈イベント抑制効果を示し,わが国のエビデンスとして種々のガイドラインに影響を与えた。
国内で大規模試験を行う意義 日本のLDL-C値やCHD発症率は欧米に比べて非常に低い。日本のガイドライン作成には日本人のデータが必要であり,これからも日本国内の大規模臨床試験から得られるエビデンスをガイドラインに活かすことが重要である。
「臨床研究と基礎研究との連携を強め,質量分析やiPS細胞などの『日本発』の科学技術も活用しながら『創薬』と『育薬』の両方に力を入れるべきである」と石川氏はまとめた。
東京大学大学院医学系研究科健康医科学創造講座の興梠貴英氏は,JCAD研究と同時期に実施された欧米の試験のデータを比較し,冠動脈疾患(CAD)の治療状況の違いを指摘した。JCAD研究は,冠動脈狭窄(一枝以上にAHA分類75%以上の狭窄)を有する日本人患者を対象に危険因子の保有状況やイベント発生率を調査する観察研究で,「追跡研究」と「トレンド研究」の二つの形式で行われている。
CAD患者でのイベント発生率 「追跡研究」では,2000年4月~2001年3月に登録した症例を3年間追跡。6ヵ月ごとに血液検査と内服薬のデータを記録し,イベントの発生状況を調べた。JCAD研究では全死亡+脳心血管イベントの発生率が約6%/年,全死亡率は約1.8%/年であった。一方,欧州のCAD患者におけるシンバスタチンの効果を検討した4S試験では全死亡率が1.3~2%/年であり,二次予防の患者のリスクは,欧米と比べ大きな違いはないと示唆される。
CADの治療の状況 「トレンド研究」では,2001年4月~2003年9月まで,6ヵ月ごとに新規患者を登録し,内服薬や治療情報の推移を調査。CAD患者に対する経皮的冠動脈インターベンション(PCI)施行率は年々増加していたが,冠動脈バイパス術(CABG)は7%前後とあまり変化していなかった。CABGとPCI施行率の比をみると,JCAD研究ではおよそ1:8であったが,米国ニューヨーク州のデータでは1:3程度だった(いずれも2003年)。また,退院時の内服薬処方状況をみると,2003年にはスタチン服用率が50%に達し,β遮断薬は,冠攣縮性狭心症への懸念からか,αβ遮断薬とあわせても約30%にとどまった。一方,虚血および造影上の狭窄が認められる患者を対象にPCIの効果を検討した北米のCOURAGE試験では,スタチンとβ遮断薬の投与率はともに約80%~90%と非常に高かった。
以上をまとめ,興梠氏は「日本人を対象とした大規模前向き観察研究によって,CAD患者の治療に関する多くのデータが示された。今後,欧米との差についてもさらに検討を重ね,アウトカムへの影響なども明らかにしていく必要がある」と述べた。
琉球大学大学院医学研究科臨床薬理学の植田真一郎氏は,動脈硬化性疾患に関する日本の臨床試験の問題点と解決すべき課題について指摘した。現在のおもな問題点は,本来,二重盲検で行われるべき試験の多くがオープン試験として実施され,さらに客観性の低いエンドポイントが結果に影響していることである。
エンドポイントの客観性 オープン試験でも,以下のように客観性の高いエンドポイントであれば評価可能である。
・死亡
・心筋梗塞(MI)
・脳卒中
・検査値
一方,オープン試験で評価しにくいエンドポイントは
・狭心症や心不全の悪化
・入院
・経皮的冠動脈インターベンション(PCI)
・冠動脈バイパス術(CABG)
など,客観性が低くバイアスが生じやすいもの。これらは試験によって施行・診断基準が異なることも多い。
複合エンドポイントの問題 単独の薬剤によるリスク低下は大きくても20%程度であり,とくにMIの発症リスクが低い日本では,有意差を得るには数万人規模の試験を行わなくてはならない。そのため,MIそのものだけでなく,狭心症による入院やPCIなどの「MIに関連する評価項目」を加えた複合エンドポイントとして,一種の水増しが行われている。最近のメタ解析からは,重要性の低いエンドポイントは,重要性の高いエンドポイントに比べて発生件数が多いという結果も出ており,このために治療効果が過大評価される可能性が指摘されている。
植田氏は「日本の課題はオープン試験で質の高い結果を出すこと」としつつ,「今後は,いわば『RCT on registry』として,母集団の変化を観察しながらそのなかでランダム化比較試験(RCT)を行うような考え方が必要になるだろう」と述べた。
東海大学医学部内科学系循環器内科学の後藤信哉氏は,ARISTOTLE試験の日本人サブ解析に参加した経験から,国際共同試験の結果をわが国の臨床にどのように応用できるかについて解説した。
「質は高いがデータが少ない」日本の現状 アピキサバンのワルファリンに対する非劣性および優越性が検証された国際共同試験のARISTOTLEは,日本を含む39ヵ国で実施された。試験全体の参加者18,201例のうち,日本の参加者はわずか336例(1.8%)。日本人のみを対象としたサブ解析の結果は全体での結果とほぼ同様であったものの,症例数が少ないことや,日本での標準的な治療の違いなどを考慮すると,「日本人にも適用できる結果であった」と結論づけてよいのかどうか疑問も残る。日本で実施される臨床試験は,追跡率が高く登録情報の欠損も少ないなど,質が非常に高い一方で,コストも非常に高いという現状が浮き彫りになったといえる。
まずは日本と欧米の差異を理解する 今後は,国際共同試験で日本の経済力に応じた貢献を目指すのであれば,試験のコストを下げつつ質を維持するようなシステムの構築が必要となる。また,ARISTOTLE試験では「すべての出血イベント」の発生率が日本で高いという結果であったが,これは,安全性を重視する文化をもつ日本の医師や患者の出血への「感度」がほかの国に比べて高かったためと考えられる。国際共同試験では,地域間で共有するのが比較的容易なこと(診断基準など)と,共有が難しいもの(文化の違いなど)の両方があることを理解したうえで,必要に応じてわが国の特徴や価値観を考慮するよう主張するべきと考えられる。
「日本人のエビデンスをつくるためには,国際共同試験で科学的に検証されたエビデンスに加え,市販後調査または第IV相試験として,日本人の集団に対する有効性と安全性について信頼性の高いデータをつくるための仕組みが必要となる。国際共同試験に対してわれわれは初心者であり,正解は誰も知らないが,議論を続けなければならない」と後藤氏は結んだ。