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[学会情報]第26回日本在宅医療学会学術集会(JSFHM)2015
(2015年7月19~20日)
これからの訪問栄養士
座長 中村育子氏
photo:中村育子氏

2015年7月19~20日,東京・池袋(ホテル メトロポリタン)で第26回日本在宅医療学会学術集会(会長:吉澤明孝氏[医療法人社団愛語会 要町病院 副院長])が開催された。本学術集会のテーマは「在宅での看取り(看病)—地域連携を利用して—」。疾患別の看取りや多職種連携など,在宅ケアに関わるさまざまな課題について議論が行われた。

ここでは,在宅訪問栄養食事指導の現状と,栄養士の介入により改善に向かった症例について発表された,ワークショップ1「これからの訪問栄養士」(座長:中村育子氏[医療法人社団福寿会福岡クリニック在宅部栄養課,日本在 宅栄養管理学会副理事長])の概要を紹介する。

在宅ケアを受けながらQOLの高い生活を送るためには,十分な栄養をとることが欠かせない。訪問栄養士による在宅訪問栄養食事指導に大きな期待が寄せられるが,現場では「訪問栄養士がどこにいるのかわからない」という声もあるようだ(編集部)。

(Therapeutic Research 2015年8月号掲載)

超高齢社会に必要とされる在宅訪問栄養食事指導とその現状
演者 前田佳予子氏
photo:前田佳予子氏

前田佳予子氏(武庫川女子大学生活環境学部)は訪問栄養士の現状や課題について発表した。

現在,在宅訪問栄養食事指導の診療報酬は医療機関でのみの算定が可能であるため,病院や診療所など医療機関に所属する管理栄養士がその役割を担い,在宅(自宅やケア付き住宅,サービス付き高齢者向け住宅)の要支援・要介護高齢者に対して実施している。現場で管理栄養士に求められるのは嚥下障害や食事準備,褥瘡,低栄養などへの対応や,体重管理,疾病予防,間食管理,塩分管理など。管理栄養士の介入によって,体重,栄養状態,日常生活動作,身体機能,QOLが改善するというデータもある。

*褥瘡と栄養*
褥瘡の発症には,皮膚や体位の状態のほか,栄養状態が大きく影響する。低栄養下では,体内からエネルギーが補われるため各組織が脆くなり,血行も悪くなる。その結果,褥瘡発症のリスクが高くなる。褥瘡が発症した場合の回復も低栄養下では遅い。

しかし現場は,栄養に関する問題について,おもに主治医や訪問介護,配食・食事サービスに相談を寄せているという。背景には圧倒的な人材不足がある。日本在宅栄養管理学会と日本栄養士会は平成23年度から「在宅訪問管理栄養士」の認定を行っているが,平成26年3月時点で358名に留まっている。

解決策の一つとして日本栄養士会が中心となって進めているのが「栄養ケア・ステーション」の設置だ。2008年4月から都道府県に1ヵ所設置されており,現在は市町村に1ヵ所の設置が目標とされている。前田氏は「いつでもどこでも,必要なときにアクセスできる,地域に顔の見える管理栄養士・栄養士の拠点を整備することを目指している」と強い意気込みを述べた。

それでも現在のペースでは日本栄養士会が目指す「10年間で1万5,000ヵ所に配置」の実現は相当難しい。そこで,病院・診療所経験者(退職者)を対象に「学会認定在宅訪問管理栄養士」として日本在宅栄養管理学会が研修会を行い,認定することも検討されているという。

訪問栄養士の介入により低栄養の改善に向かった症例
演者 水島美保氏
photo:水島美保氏

水島美保氏(山口内科栄養室)は訪問栄養食事指導がもたらす効果について,指導開始後3年で低栄養が改善した一例を紹介した。

【症例(80代前半女性)】70代前半で脳出血を起こし,後遺症右片まひのため訪問看護師とヘルパーの介入を受けていたが,70代後半のとき血圧低下,浅い呼吸で緊急入院。そこで実施された臨床検査で,食事も水分も摂っていない状態であることがわかった。介護単位は限度まで使っているため,これ以上専門職種の介入を受けることができない。経済的問題もあり,栄養補助食品の利用可能額は4,000円/月までである。ご本人は住み慣れた自宅で最後まで暮らすことを望んでおり,同居家族も介護サービスを使って自宅で過ごすことを希望していた。

そこで,栄養食事指導の長期目標は「安定した食事・水分摂取量を目指すことにより低栄養を改善し,在宅療養を支援すること」,短期目標は,「うつ症状で拒食症的状態なので,少しずつ食事量を増やしていくこと」「当面の栄養目標量は1,000kcal,蛋白質40gを目指すこと」「食べやすい食形態で対応すること」となった。栄養ケアとしては,1回の食事量が少ないため1gあたりのエネルギー・蛋白質量の高い栄養補助食品で栄養量を確保し,粥・副菜でミネラル・微量栄養素を補うこととなった。

ヘルパー,同居家族への指導
総合栄養剤エンシュア®・Hや栄養補助食品でエネルギーの大半を賄うことは病院ではよくあるが,ヘルパーには受け入れにくい。水島氏らは「この方法しかないので,協力してほしい」といってヘルパーを説得した。また,嚥下食(ミキサー食)の作り方もヘルパーに説明。ケアに訪れる2事業所7名の各ヘルパー訪問日に患者宅を訪れ,それぞれに作り方を説明し,わからなくなったときのための説明書を冷蔵庫に貼って残しておいた。7名全員が,ミキサー食を作るのは初めてだった。

同居家族の介護力は十分ではなく,食品についても「何を買っていいのかわからない」という。水島氏らは買い物リストを作って渡した。また,以前から介入しているヘルパーに好きだった食べ物を聞き,買い物リストに追加した。

そして,訪問看護師,2事業所7名のヘルパー,栄養士の情報共有のため連絡ノートを作成。作った料理の献立名,買った食材,食事摂取量,身体介護の内容,患者の様子・言動,服薬について記載するようにした。

病態変化に対応した食事(内容・形態)の提供
あるとき,患者が一口ごとに首を回していることに栄養士が気づいた。摂食嚥下障害を疑い主治医に報告したところ,食事形態の変更がなされ,摂食嚥下リハビリテーションが開始された。訓練メニューとして食前に歌を歌うことを提案し,歌詞カードを作った。結果,数ヵ月で嚥下状態は改善した。

また2週間で1.5kgの減量が起こったこともあり,原因を探ると,同居家族の時間が合わないことが原因で朝食を食べさせていなかったことがわかった。水島氏らは介入当初から朝食(家族介助)と昼食(ヘルパー,訪問看護師介助)の間が短いことを指摘していたが,このときから朝食をヘルパーが担当するように変更した。すると4ヵ月で体重は2.6kg増加した。なお,この方が栄養・水分の摂取と排泄が行えるのは1日3回のヘルパー,訪問看護師の訪問時のみである。

その後,右大腿部股関節痛のためベッド上での食事となったときは,窒息・誤嚥のリスクが非常に高くなったと判断し,ヘルパー向けに食形態確認,注意喚起のメモを冷蔵庫に貼った。

口腔ケアを担当するヘルパーが舌苔について栄養士に連絡をくれたときは,連携している歯科に対応方法を尋ね,保湿ジェルのサンプルを持参し,口腔ケア方法の手順書を作成してヘルパーに対応を依頼した。「介護単位が現在一杯で,専門職種の介入はこれ以上受けることができない。すでに介入している職種でなんとかするしかない」と水島氏はいう。

図 握力の弱い患者のための
  夜間用給水ボトル
photo:握力の弱い患者のための<br />夜間用給水ボトル

多職種連携の要となる栄養士
栄養士が介入して2年経過したころには,当初ティースプーン1/3だった1口量が,山盛り1杯にまで増加していた。食事も完食されることが多くなり,表情も豊かになった。水分摂取も,時間がかかり100cc飲めることはなかった状況から,2口で100ccを飲めるまでに改善した。介入当初はほとんどの栄養をエンシュア®・Hと栄養補助食品で賄っていたが,現在は副食の摂取量が増え,栄養量も増えて,840kcalだった摂取エネルギー量は1,200kcal近くまで増えたという。食べたいものをリクエストするようにもなり,主治医の許可を得ながらできるだけ対応しているそうだ。夕方18:00~翌朝8:30まではケアする人がいないため,自身で水分摂取できるようにベッドサイドに置くようにすると(),最近は自分で飲む機会も増えているという。

立位困難なため体重計測は難しく,当初水島氏らはMini Nutritional Assessment(0~7:低栄養,8~11:低栄養のおそれあり,12~14:栄養状態良好)でも7以上は望めないと思っていたが,今年に入って8点になった。そのときは,ヘルパー,訪問看護師と抱き合って喜んだという。

「同居家族の介護力が十分でない場合は生活リズムを含めた環境支援を行うこと,経済的問題で専門職種の十分な介入が困難な場合は多職種連携の方法を改善することが大切」と水島氏は呼びかける。この症例は要介護5であったが,介護保険を使って在宅で暮らしたほうが施設入所にくらべて経済的負担が少なく,そして生活可能であった。管理栄養士が介入することで病態の変化に対応した食事内容・食形態の継続的な提供が可能となり,病態の悪化を防ぐことにもつながった。

どのような症例に指導を開始すべきか

フロアの薬剤師からは,どのような症例に介入すべきか,どのような場合に栄養士に一緒に来てほしいと声をかけてよいのか,なにか基準があると嬉しいという声があがった。これに対し水島氏は「生活習慣病,摂食嚥下障害,低栄養(BMI<18.5)のある方であれば,栄養士が介入すれば必ず成果が出ると思うので,ぜひ声をかけてほしい」と述べた。また,施設入所者の場合,食事は給食サービスに一括で委託されるため,個別の対応は難しい。この質問に対しては,実際に施設で栄養指導を行っている座長の中村氏が,栄養補助食品で補うようにアドバイスしていると回答した。薬局所属の栄養士でも訪問栄養指導の診療報酬算定が可能となるような動きが進めばよいのだが,という声もあがった。

 

【関連書籍】
病院の栄養士が考えたおいしい嚥下食レシピ
著者:あかいわチームクッキング

photo:本:いっしょに食べよ! photo:本:きょうもいっしょに食べよ!
いっしょに食べよ!
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ISBN978-4-89775-305-8 C2077
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