2016年5月14~15日,ステーションコンファレンス東京において,第5回臨床高血圧フォーラムが開催された。今回は,昨秋発表されたSPRINT試験の解釈や,腎デナベーションの最新知見に関するシンポジウム,そしてホットトピックである血圧変動性については「血圧変動スペシャル390」と銘打った七つものシンポジウムが開催され,あらゆる切り口からの議論が交わされた。
他方,関連領域のガイドラインに関する教育セッション,各種臓器保護に関するシンポジウムなど周辺疾患についても多数のセッションが開催され,高血圧専門医が熱心に聞き入った。ここでは,新薬が賑わう糖尿病領域において,改めてメトホルミンの基礎治療薬としての重要性を説いた住谷哲氏(公益財団法人日本生命済生会付属日生病院 糖尿病・内分泌センター)の講演内容を紹介する(編集部)。
(Therapeutic Research 2016年7月号掲載)
住谷哲氏 |
2型糖尿病治療において重要な治療方針は二つあります。ひとつはA・B・Cで表される「包括的な心血管疾患リスクの減少」で,血糖コントロールのみ行うのではなく,「A」HbA1c<7.0%,「B」収縮期血圧<140mmHg,「C」LDL-C<100mg/dLのトータルケアに目を向けること。もうひとつはlegacy effectとして知られる「診断後早期からの血糖正常化を目指した厳格な管理」で,逆に,治療をしない「負の遺産」が蓄積されると治療が奏効しなくなり,合併症のリスクが増大し,取り返しがつきません。
治療の根幹は食事療法・運動療法であるものの,多くの患者は治療薬を必要とします。Cornerstone(建築物の礎。初めに四隅に建てられるもの)となる基礎治療薬には表1に示す6項目が求められ,これを満たす薬剤はメトホルミンしかないと私は考えています。
表1 2型糖尿病の基礎治療薬に求められるもの
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血糖に介入した大規模ランダム化比較試験のうち,全死亡の有意な抑制作用が認められた薬剤は,UKPDS34試験1)におけるメトホルミンと,EMPA-REG OUTCOME試験2)におけるエンパグリフロジンのみです。まず,メトホルミンのエビデンスについてご紹介します。
一次予防のエビデンス
UKPDS34試験は新たに糖尿病と診断された患者が対象で,年齢も平均53歳と若いのが特徴です。メトホルミン投与群とSU薬またはインスリン投与群のHbA1cのコントロール状況は同等でしたが,心筋梗塞をはじめ全死亡や糖尿病関連死,糖尿病関連エンドポイントは,メトホルミン群で有意に抑制されていました。このことから,メトホルミンには血糖降下作用とは独立したイベント抑制作用があると解釈されました。
二次次予防のエビデンス
二次予防作用については,冠動脈疾患を有する中国人約300例を対象とした試験,SPREAD-DIMCAD3)の報告があります。メトホルミン群あるいはSU薬群に割り付け,目標血糖値を達成しなければインスリン療法が開始されるプロトコルで36ヵ月追跡した結果,HbA1c,LDL-C,血圧には差がみられませんでしたが,複合心血管イベントはメトホルミン群でハザード比0.54と半減していました。観察研究でも,REACH Registryのアテローム血栓症を伴う2型糖尿病患者約2万人のデータにおいて,メトホルミン服用患者は非服用患者にくらべて全死亡が24%減少しています4)。このサブ解析の結果からは,高齢者,心不全,CKD合併患者でも,一貫して全死亡減少が認められました。
日本人のエビデンス
最近,日本人についても後ろ向き観察研究の結果が報告されました。SU薬を対照として各種糖尿病治療薬の心血管イベント抑制作用をみた結果,ビグアナイド薬のみが有意に,40%も心血管イベント発症を抑制していたのです5)。同研究では,日本で多用されている新薬DPP-4阻害薬の心血管イベント抑制作用が,SU薬と変わらない程度であることも示されました。
DPP-4阻害薬のHbA1c低下作用
日本では現在,糖尿病治療薬としてDPP-4阻害薬が非常に多く使われています。「日本人にはよく効きますよ」という先生もおられますが,その根拠はアジア人と非アジア人での効果の違いに関するシステマティックレビュー6)において,DPP-4阻害薬のHbA1c低下作用がBMIに依存すると報告されたことだと思います。日本人はBMIが低めなのでよく効くのではないかという論理ですが,同システマティックレビューの正しい解釈は「BMIが大きすぎるとDPP-4阻害薬は効きにくい」であり,それは臨床上の経験とも一致するものだと思います。
DPP-4阻害薬のイベント抑制作用
真のアウトカム抑制作用に関しては,昨年までに出た三つの大規模臨床試験(SAVOR-TIMI537),EXAMINE8),TECOS9))において,残念ながら,通常治療にDPP-4阻害薬を上乗せ投与しても,心血管アウトカムの改善効果はないことが報告されています。
細小血管障害に関しては,最近,英国プライマリケアデータベースから50万人,8年追跡のデータが報告されました10)。メトホルミンと比較して,失明,下肢切断には差がみられませんでしたが,重度腎不全はDPP-4阻害薬で3.5倍程度増加していました。観察研究ですのでメカニズムなどはわかりませんが,DPP-4阻害薬が大量に使われている現状を考えると,看過できないデータではないでしょうか。
次に,全死亡を有意に抑制したもうひとつの試験,EMPA-REG OUTCOMEですが,32%抑制という非常にインパクトのある結果で,SGLT-2阻害薬,エンパグリフロジンは大変に注目されました。しかし,この試験は重症の,二次予防の患者さんが対象です。また,先述のSAVOR-TIMI53,EXAMINE,TECOSを含め,いずれの試験も7割程度の患者さんは通常療法であるメトホルミンをベースに治療されています。したがって,EMPA-REG OUTCOME試験を読む際は「二次予防効果をみた試験である」「エンパグリフロジン単剤の効果ではない」ということを忘れず,念頭に置く必要があります。
表2 患者背景 ― EMINENT試験
Sumitani S, et al. JMI 2012: 59: 166-73. Copyright © 2012 Tokushima University Faculty of Medicine. |
メトホルミンの血糖降下作用は用量依存性であり11),国際標準量は約1,500mgといわれています。私は日本人の初回治療2型糖尿病患者23例を対象に前向き観察研究EMINENT12)を実施しました(表2)。メトホルミン500mg/日(分2)から開始して2週間ごとに500mgずつ増量し,1,500mg(分3)まで(空腹時血糖140mg/dL以上の場合はさらに2,250mg/日[分3]まで)増量させ,どこまでHbA1cが低下するかをみてみました。
対象者のHbA1c値は7~13%程度と幅がありましたが,16週後,そのベースライン値によらず,平均2.5%低下しました(図1,図2)。ベースライン値7%程度の患者には食後高血糖が寄与する部分が大きいと思いますが,メトホルミンはこの部分にも十分に有効であったということです。HbA1c低下作用とBMIには関連が認められませんでした。3年にわたって7.0%未満を維持することが確認でき,また体重の増減は認められませんでした。
図1 平均HbA1c推移 ― EMINENT試験
Sumitani S, et al. JMI 2012: 59: 166-73. Copyright © 2012 Tokushima University Faculty of Medicine.
図2 治療開始時のHbA1cにかかわらずHbA1cを低下させる ― EMINENT試験
Sumitani S, et al. JMI 2012: 59: 166-73.より作図.
メトホルミン投与時には,消化器症状(下痢など)が起こるケースが多くみられます。しかし,ゆっくり増量すれば消失することも多く,増量時に下痢が出現したら一時的に減量し,あとで増量するようにすれば大抵うまくいきます。“start low, go slow”と同時に,患者に「1,500mg/日(6錠)が常用量である」「増量時に下痢が出現しても3日間ほどは増量した用量で服用し,それでも下痢が続くようなら元の用量に減量する」と,投与開始時に説明しておくことも大切です。
メトホルミン投与の際は乳酸アシドーシスに留意する必要があります。しかし,その病態生理について,一般的には「GFR低下」→「血中メトホルミン濃度上昇」→「血中乳酸濃度上昇」→「乳酸アシドーシス発症」と考えられていますが,本当にそうでしょうか。
腎機能正常例でもばらつきが大きい
腎機能と血中メトホルミン濃度を測定した報告によると13),たしかにeGFRの低下に伴って血中濃度は増加しますが,安全レベル(20μmol/L)を超えることはありませんでした。この報告で注目すべきは,eGFR>60mL/分/1.73m²の腎機能正常例でもばらつきが大きいことが示された点です。血中メトホルミン濃度は,個人差,遺伝的要因によるのかもしれません。
加齢や増量はリスクではない
加齢によるリスク増加がないことも報告されています14)。メトホルミンを平均1,500mg投与されている150例ほどを対象とした研究で,平均年齢84歳群と60歳群で血中乳酸濃度に差はみられませんでした。また,メトホルミン用量別(≦1,000mg,1,000~2,000mg,>2,000mg)にみても,増量によって血中濃度が有意に増えることはありませんでした。コクランのシステマティックレビューでも,乳酸アシドーシスの増加はメトホルミンによらないことが明示されています15)。
乳酸アシドーシスによる死亡を抑制?
さらに,英国臨床診療研究データベースではメトホルミン服用患者77,601例のうち35例で乳酸アシドーシスが発症したものの,死亡例は発生しませんでした。一般的に乳酸アシドーシスの死亡率は50%といわれますので,メトホルミン服用中は乳酸アシドーシス発症例での死亡が抑制されるのではないか,という解釈もなされています16)。
英国NICEガイドラインの推奨
では,腎機能低下症例には,どのようにメトホルミンを処方すればよいのでしょうか。英国NICEガイドラインは,eGFR別の投与方法を推奨しています17)。30mL/分/1.73m²未満は中止,45mL/分/1.73m²以上であれば普通に使ってよい。30~45 mL/分/1.73m²については,最初に薬剤を投与する時点でこの領域に入る場合は別の薬剤を選択するほうが無難,ということです。長年使用してきた方がこの領域に入った場合は,やめる必要はまったくありません。減量し,多くても1,000mgまでにするのが実際的でしょう。
米国FDA,日本「ビグアナイド薬の適正使用に関する委員会」の推奨
米国FDAはこれまでクレアチニン値によって,男性1.5mg/dL,女性1.4mg/dL以上では使用しないことを推奨していました。しかし2016年4月に添付文書改訂を行い,eGFRに基づいて使用を決めるように変更しました18)。日本のビグアナイド薬の適正使用に関する委員会も2016年5月12日に「メトホルミンの適正使用に関するRecommendation」を改訂し,クレアチニン値ではなくeGFRに基づいて使用を決定するように変更しました(表3)19)。eGFR 30~45mL/分/1.73m²についても,英国のNICEガイドラインと同様,よく考えたうえで使ってもよいことになりました。高齢者についても「75歳以上には投与を推奨しない」という文言が削除され,少しglobal standardに近づいた印象です。
表3 メトホルミンの適正使用に関するRecommendation (ビグアナイド薬の適正使用に関する委員会)
1) 腎機能障害患者(透析患者を含む)
4) 高齢者
日本糖尿病学会ウェブサイトより抜粋 |
米国家庭医療学会は「糖尿病患者さんにメッセージを伝える際に,手を使いましょう」と呼びかけています20)。親指から順に五つ,重要なことを挙げていく方法で,まず親指は,2型糖尿病患者さんの予後を考えたときもっとも大切な「禁煙」です。とにかく,たばこはやめさせることが重要です。続いて人差し指が「血圧管理」,中指が「メトホルミン投与」,薬指が「スタチン投与」,小指が「血糖管理」となっています。メトホルミン投与と血糖管理が別立てになっているのは,UKPDS34で示されたように,メトホルミンのベネフィットは血糖コントロールによるベネフィットとは別であるという認識によるものです。しかし,実際はこの手のひらが裏表逆になった順番で血糖管理ばかりに目が行き,他に目が行き届かないことが多々あるのではないでしょうか。私たちは常に自戒しながら診療に臨む必要があると思います。
質疑応答では「HbA1c低下作用によらないメトホルミンのイベント抑制作用」の機序について,座長の長坂昌一郎氏(昭和大学藤が丘病院)が住谷氏の見解を求めた。住谷氏は「現時点100%解明されているわけではないものの,advanced glycation endproducts(AGE,終末糖化産物)がメトホルミン投与によって減少するというデータがあるので,legacy effectも含め,そのあたりが関係しているのではないか」と述べた(編集部)。
文 献
【関連書籍】 |
脳・心・腎血管疾患クリニカル・トライアル Annual Overview 2016 編集 臨床研究適正評価教育機構 2015年に発表された臨床試験について,各領域の専門家が中立・公平に評価・解説しました。大きな話題を呼んだSPRINT試験とEMPA-REG OUTCOME試験については,巻頭座談会で深く議論しました。 ライフサイエンス出版刊 ISBN 978-4-89775-342-3A4版 84 頁 定価1,600円(1,760円+税10%) |