2016年4月15日~17日,東京国際フォーラムにおいて第113回日本内科学会総会・講演会が開催された。今年のテーマは「結実する内科学の挑戦 ~今,そしてこれから~」。全国から多数の参加者が集まり,メイン会場のほかライブ中継会場まで多くの人で賑わった。
2016年3月に肥満症診療ガイドラインが改訂されたこともあり,あらゆる疾患に関連する肥満症に,いま改めて関心が寄せられている。ここでは2日目に開催されたパネルディスカッション「肥満症とメタボリックシンドローム —病態から治療・管理まで—」(司会:春日雅人氏[国立国際医療研究センター],松澤佑次氏[住友病院])の内容を紹介する(編集部)。
(Therapeutic Research 2016年5月号掲載)
日本は欧米にくらべて高度肥満の頻度が低いものの,糖尿病の頻度は米国と変わらない。つまり,日本人は軽度の肥満でも生活習慣病を発症しやすいことや,肥満の程度だけが肥満関連疾患の発症を決めるわけではないことがわかる。実際,高度肥満者において糖代謝・脂質代謝が正常なことも多い。「したがって軽度肥満でも減量が必要な症例,高度肥満でも減量が不要な症例を判別する必要がある」と松澤佑次氏(住友病院)は肥満症診断の意義について説明した。
国際的には,肥満について危険因子か疾病か,という論争が行われてきた。International Obesity Task Force(IOTF)において,欧米の委員の多数は「単なる危険因子」という意見であったが,わが国は「肥満症という疾病である」と主張。2000年には日本肥満学会が肥満症の定義と診断基準を発表した。その後,2005年にメタボリックシンドロームの概念を発表して大きな話題となったことは周知のとおりである。
メタボリックシンドロームは,内臓脂肪蓄積によって生じる多重危険因子が引き起こす心血管疾患の発症予防を目的とした概念である。これに対して,肥満症は肥満に伴う関連疾患の予防を目指している(編集部注1)。松澤氏は「メタボリックシンドロームは有名になったが,その原点となる肥満症について認識が拡がっていない。肥満学会として,日常診療に取り込んでいただけるように努めていきたい」と述べた。肥満症診断の将来展望として,内臓脂肪測定の一般化(簡易測定法の開発,CTによる測定法の保険診療化)や,診断方法へのアディポサイトカインの導入などを考えているという。
【編集部注1】 肥満症とメタボリックシンドロームの関係
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肥満の脂肪組織では,成熟脂肪細胞の肥大化,血管新生の増加,リンパ球,マクロファージの浸潤,脂肪細胞の線維化,アディポサイトカイン産生調節の破綻など,脂肪組織リモデリングが起こる。脂肪細胞とマクロファージの相互作用によって慢性炎症が起こり,また,脂肪分解によって産生される遊離脂肪酸は,脂肪細胞のみならず全身の臓器に運ばれて毒性を発揮する。脂肪細胞の線維化が進行すると,脂肪を蓄積しにくくなり,遠隔臓器に異所性脂肪としてため込まれるが,異所性脂肪は有毒な作用(脂肪毒性)をもたらす。「過栄養を脂肪組織で処理しきれず,臓器連関によって適応しようとする可逆的な状態がメタボリックシンドローム。代償機構が破綻して個々の臓器に障害を来たすのが生活習慣病」と小川佳宏氏(東京医科歯科大学)はいう。
脂肪組織リモデリングの進行を抑制することはできるだろうか。小川氏は死細胞からの放出成分のセンサーであるレクチン(Macrophage-Inducible C-type Lectin:Mincle)をノックアウトしたマウスで,高脂肪食負荷により脂肪の重量・サイズが増加し,肝重量は減少することを紹介。脂肪の過剰蓄積によって細胞死した脂肪細胞・肝細胞をマクロファージが取り囲んで貪食・処理する組織像も,同マウスでは減少するという。線維化や異所性脂肪の蓄積も減少していることから,脂肪組織で過栄養の処理ができるようになっているのではないかと小川氏は述べた。
下村伊一郎氏(大阪大学)は各種データに基づき,東洋人では皮下脂肪よりも内臓脂肪として脂肪が蓄積しやすいことを紹介した。内臓脂肪は動脈硬化性血管病のリスクを高めるが,一方で,皮下脂肪よりも生活習慣の改善によって減少しやすい側面もあるという。「肥満症に基づく高血圧,脂質異常症,糖尿病では,異所性脂肪蓄積によって肝臓,腎臓,筋肉,膵臓などの炎症・線維化,慢性臓器障害が同時に進行していることを医療従事者は認識すべきであり,包括的予防・治療として,内臓脂肪を減らすことが重要である」と述べた。
わが国のメタボリックシンドローム診断に用いられる内臓脂肪蓄積の基準は,「臍レベル」のウエスト周囲長で男性≧85cm,女性≧90cmと定められている。これは,内臓脂肪面積≧100cm²で健康障害一つ以上の保有がみとめられることから,≧100cm²に相当するウエスト周囲長を検討し設定された閾値である。
海外では臍レベルではなく,一番細いとされる「中点レベル」(編集部注2)で測定したウエスト周囲長が汎用されており,国際糖尿病連合(IDF)によるメタボリックシンドローム診断基準(アジア地域用)は,中点レベルで男性≧90cm,女性≧80cmとされている。さらに,2009年にはウエスト周囲長を必須としない診断基準に変更された。また,HDL-Cや空腹時血糖の閾値も異なるものとなっている。
【編集部注2】 ウエスト周囲長測定位置 |
メタボリックシンドロームの概念発表当時から議論のあるウエスト周囲長だが,これについて高本偉碩氏(東京大学)は,メタボリックシンドロームに関する厚生労働科学研究*のデータを紹介。日本の診断基準をウエスト周囲長を必須としないものに変更した場合,男性でメタボリックシンドローム該当者が増加するが,非メタボリックシンドロームに対するメタボリックシンドロームの心血管疾患発症リスクに大きな変化はみられないという(虚血性循環器疾患のハザード比:男性1.85→1.91,女性1.64→1.76)。しかし,ウエスト周囲長の項目を必須とする診断基準で診断されたメタボリックシンドロームの管理については,「内臓脂肪を減らす」という簡明で合理的な介入手段があるため,現行の基準を踏襲していくことが重要との見解を述べた。
また,女性のウエスト周囲長基準(≧90cm)は緩いのではないかという議論もあるが,80~90cmで追加リスクのある者を特定保健指導の対象に加えた場合,リスクの高い「積極的支援レベル群」の増加はわずかにとどまり,「動機づけ支援レベル群」が増加するという。つまり心血管発症リスクが低い者を多く拾いあげることとなるため,「医療資源・医療費に余裕がある場合の介入対象となる可能性がある」とした。
*「保健指導への活用を前提としたメタボリックシンドロームの診断・管理のエビデンス創出のための横断・縦断研究」(平成19~21年度),「特定健診・保健指導におけるメタボリックシンドロームの診断・管理のエビデンス創出に関する横断・縦断研究」(平成22~26年度)
わが国では,メタボリックシンドロームに関しては特定健診・特定保健指導によって定着し,予防医学が進んでいる。津下一代氏(あいち健康の森健康科学総合センター)は特定保健指導積極支援を受けた3,480人のデータで,体重の減量程度依存的に,各種検査値が改善することを紹介した。1%の減量でも脂質系検査値では改善がみられ,3%程度から血圧値の改善が認められるという。
平成25年度には76万人が特定保健指導を受けた。年齢層別にみると40~50代男性が多い。対象者の評価指標推移(平成20~21年度)をみると,ウエスト周囲長,体重,HbA1c,収縮期血圧,トリグリセライドのいずれも,特定保健指導終了者のほうが有意に改善,進展予防されていた。検査値および医療費についても,保健指導後3年間の検討で,有意差が認められる。「積極的支援レベル」に2年連続で該当した場合は,2回目も指導を受けたほうが1回目のみの場合よりもBMI,ウエスト周囲長,HDL-C,HbA1cの改善が認められるという。残された課題としては,特定健診・保健指導に協会けんぽ支部間で効果に較差(体重変化,最大–1.9kg~最小–0.6kg)がみられることがあげられ,指導者間格差の是正などが求められている。
津下氏は最後に,医師法第一章総則第一条“医師は,医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保するものとする”を提示し,薬物による治療だけではなく,生活習慣改善にもいっそう取り組むようによびかけた。
【関連書籍】
肥満症診療ガイドライン2016
編集 日本肥満学会
あらゆる疾患に肥満が関連。肥満症治療で一挙に改善! BMI≧25の「肥満」から医学的に減量を要する「肥満症」を選び出し,適切に治療・管理するための手引き。 ライフサイエンス出版刊 ISBN 978-4-89775-343-0 A4変形版 152 頁 定価2,420円(2,200円+税10%) |