日本高血圧学会は1月16日,「高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009)」を刊行した。この日,東京商工会議所で行われた記者発表会では,JSH2009作成委員長の荻原俊男氏,日本高血圧学会理事長の島本和明氏らがJSH2009の特徴を紹介した。
今回,作成委員会がもっとも重要と位置づけたのは,「24時間にわたる厳格な降圧」だ。JSH2009ではJSH2004と同様に,合併症別の降圧目標値と治療法が示され,目標値までの確実な降圧の重要性が述べられている。24時間にわたる血圧管理の観点からは,引き続き家庭血圧の活用を求めていく考えだ。
JSH2009作成委員会は,執筆委員,査読委員,関連11学会のリエゾン委員,評価委員を含めた118名で構成された。評価委員には患者団体代表や医療経済専門家なども含まれ,積極的な意見交換が行われたという。このほかにも一般医家から意見を公募するなど,今回の改定では,公平性を高めることが強く意識されている。一般医家から寄せられた意見とそれに関する回答は学会ホームページで公開中。これについてJSH2009作成委員会事務局長の楽木宏実氏は,「作成過程の透明性を高めるための重要なプロセス」と述べた。
今回の改定では,リスク層別化の評価対象に正常高値血圧(130-139/85-89mmHg)が加わった(表1)。高血圧の定義は140/90mmHg以上だが,正常高値の段階でも心血管リスクは上昇し,その影響は看過できないとの判断に至ったため。
評価すべき予後影響因子としては,メタボリックシンドローム(MetS)や慢性腎臓病(CKD)が追加され,それぞれリスク第二層,第三層に追加された。ここでのMetSとは,正常高値以上の血圧と肥満のほかに,糖尿病に至らない血糖値異常または脂質代謝異常のどちらかを有する場合を指す。
表1 (診察室)血圧に基づいた脳心血管リスク層別化(JSH2009 表2?8)
*リスク第二層のメタボリックシンドロームは,予防的な観点から以下のように定義する。 正常高値以上の血圧レベルと腹部肥満(男性85cm 以上,女 性90cm 以上)に加え,血糖値異常(空腹時血糖110-125mg/dL,かつ/ または糖尿病に至らない耐糖能異常),あるいは脂質代謝異常のどちら かを有するもの。 両者を有する場合はリスク第三層とする。 他の危険因子がなく腹部肥満と脂質代謝異常があれば血圧レベル以外の危険因子は2 個であり,メタボリックシンドロームとあわせて危険因子3 個とは数えない
初診時においては,生活習慣の修正を徹底しつつリスク分類(低リスク,中等リスク,高リスク)に応じて降圧薬治療を開始する(図1)。低リスクの場合は,生活習慣の修正で3ヵ月以内に140/90mmHg未満への降圧が得られなければ降圧薬治療を実施する。中等リスクの場合は1ヵ月以内。高リスク患者では直ちに降圧薬治療を開始するのが原則とされた。ただし,高リスク患者で正常高値血圧の場合は生活習慣の修正を先行させ,投薬時期は主治医が判断する。
なお,正常高値血圧の治療に対する保険診療の適用に大きな混乱は生じない見通し。日本高血圧学会は今後,保険審査機関への確認を急ぎ,JSH2009に即した対応を求めていく方針だ。
*正常高値血圧の高リスク群では生活習慣の修正から開始し,目標血圧に達しない場合に降圧薬治療を考慮する
JSH2009ではJSH2004と同様に,生活習慣の修正を降圧治療として積極的に行うことが推奨された。減塩,減量,運動,節酒の降圧効果は欧米のメタ解析で証明されており,たとえば4.6g/日の減塩は収縮期血圧5mmHg,拡張期血圧3mmHg程度の降圧が見込める。JSH2009では6g/日未満を減塩目標としているが,わが国の平均摂取量は10g/日以上と高い。
JSH2009はこのほかにも,禁煙,食塩以外の栄養素摂取の改善(野菜,果物,魚の積極的摂取/コレステロールや飽和脂肪酸の摂取を控える)を推奨している。
診察室血圧の降圧目標値は,患者の年齢や合併症ごとに,エビデンスに基づいて設定された(表2)。糖尿病やCKD,心筋梗塞後の患者では130/80mmHg未満への厳格な降圧が求められる。
今回の改定では,家庭血圧での降圧目標値が新設された。高血圧の診断基準が診察室血圧140/90mmHg,家庭血圧135/85mmHgであることから,その差5/5mmHgを降圧目標値にも対応させた。エビデンスとしては不十分な面もあるが,家庭血圧評価の重要性が高まるなか,実際的な治療指針を示した点で意義は大きい。
注:診察室血圧と家庭血圧の目標値の差は, 診察室血圧140/90 mmHg, 家庭血圧135/85mmHg が, 高血圧の診断基準であること から,この二者の差を単純にあてはめたものである
JSH2009では,降圧薬の心血管病抑止効果について,「その大部分は種類よりも降圧度で規定される」と述べられている。この前提を踏まえ,最初に投与すべき主要降圧薬とされたのは,Ca拮抗薬,アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB),アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬),利尿薬,β遮断薬の5剤。このなかから,積極的な適応や禁忌もしくは慎重使用となる病態や合併症の有無に応じて,適切な薬剤を選択する。JSH2004で主要降圧薬に含まれたα遮断薬は,エビデンス不足などの理由により,主要降圧薬に併用する薬剤として位置づけられた。
単剤で降圧目標を達成できない場合は,主要降圧薬5剤を用いた併用を実施する。推奨された2剤併用の組合せは図2のとおり。JSH2004にあったβ遮断薬+利尿薬の推奨は,JSH2009で廃止された。なお,3剤を併用する場合は,JSH2004と同様に利尿薬を積極的に用いるとされた。
合剤については,処方の単純化によるアドヒアランスの改善,それによる血圧コントロールの改善が見込めるとの記載がある。しかし,どの合剤が適しているかについては,エビデンスの数が少なく,ガイドラインとして判断する段階にないとの見解から,具体的な明言を避けている。
またJSH2009では,特別な例を除き薬剤名はすべて一般名で表記されている。後発医薬品を含め製品の選択にあたっては,患者の状況を考慮し,主治医が個々に判断することとなる。
CKDを合併する高血圧の治療計画は,JSH2004の「慢性腎疾患を合併する高血圧の治療計画」が踏襲された。130/80mmHg未満への降圧とともに,尿蛋白の正常化を目指す。第一選択薬はレニン-アンジオテンシン系(RA系)阻害薬とされ,降圧不十分な場合はCa拮抗薬や利尿薬を併用する。
糖尿病を合併する高血圧の治療計画は,第一選択薬がRA系阻害薬に限定され,JSH2004で第一選択薬に含まれたCa拮抗薬は,利尿薬とともに併用薬と位置づけられた(図3)。RA系阻害薬がCa拮抗薬に優れる点として,島本氏は,(1)糖尿病性腎症への進展抑制,(2)糖代謝改善の2点をあげた。心血管病発症抑制に対する効果に差は認められないものの,上記の2点を支持するエビデンスは国内外からの複数の報告がある。
図3 糖尿病を合併する高血圧の治療計画(JSH2009 図7?1)
*血圧が130-139/80-89mmHg で生活習慣の修正で降圧目標が見込 める場合は,3ヵ月を超えない範囲で生活習慣の修正により降圧を図る
高齢者高血圧の降圧目標はJSH2004と同様に140/90mmHg未満とされ,高齢者でも厳格な降圧を必要とすることが強調された。ただし後期高齢者(75歳以上)の場合は,150/90mmHg未満を中間目標とした緩徐な降圧を行う。推奨薬剤はCa拮抗薬またはRA系阻害薬,少量の利尿薬であり,必要に応じて2剤,3剤を併用する。
家庭血圧の評価には,「1機会の第1回目の測定値の朝晩それぞれ長期間の平均値を用いる」ことが推奨された。実際には1機会に複数回測定する患者が多く,初回よりも2度目,3度目の測定値のほうが低い傾向にある。JSH2009では,多くの疫学データで初回の測定値が用いられたことを勘案し,初回の測定値を優先する考えだが,測定したすべての値を記録することも強く推奨している。
診察室以外の血圧が高い仮面高血圧の患者では,心血管病の発症リスクが高い。仮面高血圧は早朝高血圧,ストレス下高血圧,夜間高血圧に分類されるが,それぞれの病態に即した的確な治療が必要とされている。