2009年,抗血栓療法の新たな時代が幕を開けた。欧州心臓学会(ESC2009)の最大セッションHot Lineでは,16件のうち5件で抗血栓療法のトライアルが採択され,うち3件は新薬(ticagrelor, dabigatran, otamixaban)の検討結果であった。
抗血栓薬について検討したトライアルに対する最大の焦点は,「出血リスクを最小限に留めつつも血栓によるイベントを抑制する」という難題に応えられるか否かである。さらに,臨床試験で認められた安全性・有効性はいつ・だれに・どのように用いれば発揮されるのか,既存薬の役割はどう変わるのか。ここでは,新旧抗血栓薬に対する期待とともに,いま日本の臨床家が行うべき治療のあり方について,日本の血栓症研究をリードする,東海大学の後藤信哉氏に解説してもらった。
ランダム化比較試験(RCT)という手法は,新薬・新規治療法などの有効性や安全性を,従来治療と比較する方法としては,科学的価値の高いものである。ESC2009において発表されたいずれの試験も,臨床医学の「科学化」という観点では価値の高い試験であった。一方,今回発表された多くの試験は,臨床医学を支える「科学」と「実臨床」の乖離の拡大を認識させたという,無視できない問題も提起した。
たとえばRE-LY試験は,心房細動患者の血栓塞栓症予防において,従来薬のワルファリンと新たに開発された経口抗トロンビン薬dabigatranの有効性・安全性を,オープンラベルで比較した重要な試験である。試験の表面だけをみれば,dabigatran群はワルファリン群にくらべ,血栓塞栓症発症リスクに差がなく,重篤な出血性合併症のリスクは低いともとれる。しかし注意しなければならないのは,ワルファリン群で生じた重篤な出血性合併症の発症率である。予防介入であるにもかかわらず,ワルファリン治療が年間3%を超える重篤な出血性合併症を生じさせたことは,欧米で行われたRE-LY試験とわが国の医療実態がいかに乖離しているかを示している。
RCTは特定の患者集団を対象とした臨床医学の科学である。「世界中の心房細動患者」を対象にすることは不可能であるため,世界各国から数万例程度の現実的に追跡可能な症例を「無作為」に選択し,その選択された症例をワルファリン群,dabigatran群に「ランダムに」割り付ける。それを観察して比較した結果を「世界中の心房細動患者」に適応できるというのが"Evidence-Based-Medcine"を正当化するロジックである。
しかし実際には,「世界中の心房細動患者」の血栓・出血リスクには大きなばらつきがある。出血イベント・血栓イベントが「世界中の心房細動患者」にランダムに起こるのでなく,「特定地域の特定の心房細動患者」に限局的に起こるのであれば,RCTの結果を「世界中の心房細動患者」のすべてに当てはめることはできない。少なくとも筆者の知るかぎりにおいて,心房細動の予防介入にワルファリンを使用して「重篤な出血イベントを年間3%以上」発症させている日本の医療施設は皆無であろう。RE-LY試験の結果をわが国の医療に適応させることには十分に慎重である必要がある。
わが国の薬剤の認可承認において,国内中心の臨床試験の結果を基にすべきか,国際共同試験に参加してその結果に基づいての認可承認とすべきかについては長年議論が続いている。もともとRCTで検証できるのは,「心房細動」などの一般的な疾患に対し,均一の医療環境を基盤として新規介入を追加させたときの有効性である。この前提を満たせば,「世界中の心房細動患者」を対象として有効性・安全性を検証する国際共同試験に参加し,その科学的成果に基づいてわが国における薬剤の認可承認を考えることには意味がある。しかし,前述のように「世界中の心房細動患者」の血栓・出血リスクが不均一で,「日本人の心房細動患者」との乖離が著しいとすれば,国際共同試験の結果に基づいた薬剤の認可承認にはリスクがある。
RCTでは,治療介入の有効性・安全性を「一定の条件を満たした患者集団」で検証するわけであるから,本来,個々の患者での有効性・安全性を規制当局が担保することは不可能である。個々の患者に対する個々の薬剤の有効性・安全性を科学的に評価できる方法が確立するまでの間は,「一定の条件を満たした患者集団」に対する有効性・安全性のみを担保した条件で,各国が独自に薬剤の認可承認を行うことになろう。この条件の限定性を広く患者一般,国民一般に説明し,そのうえで個々の医師が個々の患者とのインフォームドコンセントに基づいて薬剤の使用の可否を決めることが,もっとも妥当な医療介入の選択法であることを実感させたESC2009であった。
現在,心房細動患者の塞栓症予防に汎用されているワルファリンは,複数の凝固因子の機能的完成を阻害するきわめて強力な抗凝固薬である。しかし,ワルファリンは血漿蛋白に結合してしまうため,体内で有効性を発揮するのは,蛋白結合を逃れたわずかなワルファリンのみである。また,肝臓における凝固因子の完成に寄与する酵素には個人差が大きく,ワルファリンの投与量と効果発現の間にも個人差が生じる。さらに,ワルファリンの代謝酵素の活性は,他の多くの薬剤,食事内容により影響を受けるため,その薬効も併用薬や食事の影響を受けやすい。個別の症例に対して個別の医師が個別の方法を用いて職人的に使用すれば,ワルファリンはきわめて有効かつ安全な薬剤であるが,それには薬効のモニタリングを要し,マニュアル化が難しいとの問題があった。このため,医師免許を取得したばかりの医師であっても,ベテランと同じように有効・安全に使用できる新薬の開発が期待されていた。
■ヘパリンの作用は間接的,ワルファリンの作用はばらつきが大
ワルファリンおよびヘパリンは,現在もっとも汎用されている抗凝固薬である。静注薬であるヘパリンは,おもに動脈,静脈血栓症の急性期治療に用いられ,経口薬であるワルファリンは,おもに塞栓症の再発予防や心房細動による塞栓予防に用いられてきた。
■dabigatranとotamixabanは活性型凝固因子を直接阻害
新規抗凝固薬であるdabigatranやotamixabanは,既存のヘパリンやワルファリンとは異なり,活性型凝固因子を直接阻害する薬剤であり,投与量?効果反応が安定している。また,食物などの影響を受けず,治療濃度域が広いため血液凝固モニタリングを要さないとも言われている。otamixabanはXa因子を直接阻害するのに対し,dabigatranはトロンビンを直接阻害。静注薬otamixabanはヘパリンに代わる抗凝固薬として,経口薬dabigatranはワルファリンに代わる抗凝固薬として期待されている。
RE-LY試験は,国際共同,前向き,ランダム化,オープン試験である。「世界中の心房細動患者」を代表する仮想的な心房細動患者に対して,INR 2?3を標的とするワルファリン治療とdabigatranを比較すると,dabigatran群ではワルファリン群に劣らない血栓イベント発症予防効果が認められ,重篤な出血性合併症の発症は少ない,との結果を示した。本試験のデザイン上の欠点は,ワルファリン群とdabigatran群の割り付けにおいて二重盲検が行われなかったことである。すなわち,医師,患者ともに新薬に対する期待に基づくプラセボ効果がdabigatran群のみかけの有効性,安全性の向上に寄与した可能性を否定できないことが限界となる
RE-LY試験は,「世界中の心房細動患者」を代表する仮想的な心房細動患者に対し,dabigatranのワルファリンに対する非劣性を示したという点に意義がある。しかし,前述のようにワルファリン群の出血性合併症は年間3%を超えており,わが国の医療実態との乖離は著しい。日本の医師の多くはINRを個別に目標設定し,出血リスクに細心の注意を払いながら治療を行っている。RE-LY試験は臨床医学を支える「科学」として価値のある試験であったが,わが国の日常臨床に直接影響を与える試験とは言い難い。しかし,少数の日本人症例を含む「世界中の心房細動患者」を対象とした本試験の結果を根拠として,dabigatranが日本で認可承認されるような事態が起きた場合には,ワルファリンのような匙加減のきかないdabigatranが,ワルファリンであれば投与されなかった症例に過剰介入されることで,ワルファリンを使用せず,その結果起こることのなかった重篤な出血性合併症を日本全体で増やすことがないように十分に注意する必要がある。ただし,ワルファリンが強く必要でありながら,代謝,食事嗜好,併用薬などの影響によりワルファリン介入のできなかった少数の症例にはdabigatranが大きな福音となる可能性がある。
RE-LY試験概要 ESC 2009にて発表(N Engl J Med. 2009; 361: 1139-51)
脳卒中高リスクの心房細動患者でdabigatranのワルファリンに対する非劣性と安全性が認められる
デザイン●PROBE,日本を含む44か国951施設。
対 象●高リスク心房細動患者18,113例。
介 入●dabigatran 110mg群は110mg×2回/日,150mg群は150mg×2回/日。ワルファリン群はINR 2?3を維持。両群ともアスピリン(<100mg/日),その他の抗血小板薬の使用を許可。
一次エンドポイント(脳卒中または全身性塞栓症)●dabigatran 110mg群(1.53%/年),150mg群(1.11 %/年)のいずれも,ワルファリン群(1.69%/年)に対する非劣性が認められた(いずれも非劣性 p<0.001)。
安全性(大出血)●dabigatran 110mg群(2.71%/年)はワルファリン群(3.36%/年)より有意に少なかった(RR 0.80,95%CI 0.69?0.93, p=0.003)。150mg群(3.31%/年)とワルファリン群には有意差なし(RR 0.93,95%CI 0.81?1.07, p=0.31)。
有害イベント●消化器症状(上腹部痛,腹痛,腹部不快感,消化不良)はワルファリン群(5.8%)に対し,dabigatran 110mg群(11.8%, p<0.001),150mg群(11.3%, p<0.001)のほうが有意に多かった。
1988年に報告されたISIS-2試験(Lancet, 1988; ii: 349-60)は,急性心筋梗塞患者において,抗血小板薬アスピリンが急性心筋梗塞の院内死亡率を25%程度減少させることを示し,この結果は世界の臨床家に大きなインパクトを与えた。ISIS-2試験の発表前にも,抗凝固薬ヘパリンが不安定狭心症における心筋梗塞の発症を予防することが報告されている。これらの結果から,心筋梗塞の発症に至る冠動脈閉塞血栓の抑制に,抗凝固介入・抗血小板介入の両者が有効であることは理解されていた。
しかし,経口投与で用いることのできる唯一の抗凝固薬ワルファリンは,作用発現の個人差や併用薬・食事嗜好との相互作用を鑑みると,塞栓症抑制というベネフィットが出血性合併症のリスクを上回ることはないと考えられていた。今後,新規の経口抗凝固薬である経口抗トロンビン薬,抗Xa薬の開発が進めば,現在抗血小板介入に偏っている急性冠症候群の抗血栓治療に,抗凝固介入という選択肢が増える可能性はある。
急性冠症候群の予後は過去20年間で著しく改善した。アスピリンやチエノピリジンは,心血管死亡といった真に避けるべきハードエンドポイントを激減させた。近年の臨床試験では心血管死亡+心筋梗塞+脳卒中などの複合エンドポイントが検討されるようになり,複合エンドポイントでの発生率は高いようにみえるが,実際のイベントの多くは心筋逸脱酵素の上昇により示される無症候性のイベントに過ぎない。わが国をはじめ急性期の冠動脈インターベンション治療も一般化しているため,標準治療としてはアスピリン/クロピドグレル(チエノピリジン)で心血管イベント発症予防効果は,一般的にはすでに十分であろう。ただ,著しくリスクの高い症例や,インターベンション中に血栓イベントが起こった場合に対応できない症例などの特殊な症例については,アドホックに使用する経静脈的な抗血小板薬などに若干の期待もある。
アスピリン/クロピドグレルの抗血栓効果は十分に強力であるが,とくに長期投与に際しては,出血性合併症の発現リスクにも十分な配慮が必要である。将来的には,出血リスクを増加させないまったく新しいコンセプトの抗血小板薬の開発に期待したい。
■いずれも血小板に作用し,血小板凝集を抑制する
アスピリンもP2Y12拮抗薬も,血小板の活性化を抑えることにより,抗血栓作用をもたらす薬剤である。血小板の活性化は,大きく分けると活性化シグナルと抑制シグナルで制御されており,活性化シグナルを阻害するのがアスピリン,抑制シグナルを促進する(正確には,抑制シグナルの抑制を阻害する)のがP2Y12拮抗薬である(図)。
■適応症からみるアスピリンとクロピドグレルの違い
アスピリンの歴史は古く,その適応症は「狭心症・心筋梗塞・虚血性脳血管障害における血栓・塞栓形成の抑制,川崎病」から,「PCI施行後における血栓・塞栓形成の抑制」まで幅広いのに対し,P2Y12拮抗薬クロピドグレルの適応は,現在のところ,「虚血性脳血管障害(心原性脳塞栓症を除く)の再発抑制」と「PCIが適応される急性冠症候群」に限られる。また,「PCIが適応される急性冠症候群」にクロピドグレルを投与する場合はアスピリンを併用しなければならない。
■新規P2Y12拮抗薬ticagrelorとクロピドグレルの違い
クロピドグレルは投与後にP450によって活性化されるプロドラッグであるため,薬効の度合いや薬効発現までの時間,薬効持続時間などに人種差・個人差が生じるといわれている。一方,ticagrelorはP450の代謝を要さない薬剤であるため,薬効やその持続時間が安定すると考えられている。
クロピドグレルは肝臓にて代謝されるプロドラッグであり,その標的であるP2Y12は,300mgのクロピドグレルローディングによって速やかに100%阻害されるとは考えにくい。このため,急性期の大量投与により血栓イベントを予防しようと考えたCURRENT OASIS 7試験の主旨には意義があるが,結果をみると,高用量群と標準用量群のイベント抑制効果に差が示されなかった。前述のように,アスピリン/クロピドグレルの標準的治療は,すでに心血管死亡などの真に予防すべきハードエンドポイントを十分に抑制できていると考えられる。冠動脈インターベンション施行例に認められた,急性期の大量投与による心筋障害の減少効果が,長期的に意義を持つか否かの判断には十分な注意が必要である。
CURRENT OASIS 7試験概要 ESC 2009にて発表(Mehta SR)
高用量クロピドグレルの心血管イベント予防効果は通常用量クロピドグレルを上回らず,大出血はわずかに増加
デザイン●ランダム割付け,2×2 factorial。
対 象●24時間以内にPCI予定のACS患者25,087例。
介 入●クロピドグレル 2倍用量群は,600mgローディング→150mg/日×7日→75mg/日。クロピドグレル通常用量群は,300mgローディング→75mg/日。アスピリン高用量群は300?325mg/日,アスピリン低用量群は75?100mg/日。
一次エンドポイント(30日後における心血管死+心筋梗塞+脳卒中)●アスピリン高用量群とアスピリン低用量群に有意差なし。クロピドグレル 2倍用量群とクロピドグレル通常用量群に有意差なし。
安全性(大出血)●アスピリン2群間に有意差なし。クロピドグレル2群間にTIMI分類の大出血に有意差なし。ただし,致死性の大出血などはクロピドグレル2倍用量群のほうが有意に多かった。
クロピドグレルはプロドラッグであり,300mgのローディングでP2Y12を100%阻害することはできない。P2Y12をより強力に阻害するP2Y12阻害薬であれば,血栓イベントのさらなる減少を期待できる。しかし,以前にプラスグレルの臨床試験が示したように,強力なP2Y12阻害は出血イベントを増加させるため,「いかにして出血イベントを増加させずに血栓イベントを減少させるか」(ないしそのように見せる)が重要になる。
PLATO試験では,冠動脈造影前にランダム化を行うことにより,冠動脈バイパス手術に回る症例を試験に含めることに成功した。プロドラッグであると同時に作用が不可逆的であるクロピドグレルは,投与中止後も抗血小板効果が継続するため,緊急バイパス手術での輸血量が増える。一方,ticagrelorは可逆的なP2Y12阻害薬であり中止後の薬効消失が早いため,緊急バイパス手術時の薬効をコントロールすることが可能である。本試験ではこのticagrelorの性質をうまく利用し,試験全体としてみるとticagrelorは出血性合併症を著しく増加させることなく血栓イベントを予防したように見せた。無論,過剰なP2Y12阻害が出血性合併症の発症リスク増加に寄与することにおいてticagrelorが例外であることはあり得ないので,バイパス手術と無関係の出血性合併症はticagrelor群にて増加している。PLATO試験は認可承認を目指したきわめて戦略的なデザイン下で行われ,その結果,臨床科学としての中立性に若干の疑問を残した。
PLATO試験概要 ESC 2009にて発表(N Engl J Med. 2009; 361: 1045-57)
急性冠症候群患者でticagrelorがクロピドグレルより心血管イベントを抑制,大出血リスクの上昇なし
デザイン●ランダム割付け,二重盲検,43ヵ国862施設。
対 象● 非ST上昇型ACSまたはPCI施行予定のST上昇型MI 18,624例。
介 入●ticagrelor群は180mgローディング→90mg×2回/日,クロピドグレル群では300mgローディング(ランダム化前にクロピドグレルが未投与の対象のみ)→75mg/日。
一次エンドポイント(血管死+心筋梗塞+脳卒中発生)●ticagrelor群(9.8%)はクロピドグレル群(11.7%)にくらべ有意に低かった(HR 0.84,95% CI 0.77?0.92,p<0.001)。
安全性(大出血)●有意な群間差なし(11.6% vs 11.2%,p=0.43)。ただし,CABGに関連しない大出血発生率はticagrelor群のほうが有意に高かった(4.5% vs 3.8%,p=0.03)。
有害イベント● 呼吸困難はticagrelor群はクロピドグレル群にくらべ有意に多かった(13.8% vs 7.8%,p<0.001)。
本試験は第II相試験である。すでに公開されているribaroxaban,apixaban などの同クラスの経口抗Xa薬と同様,otamixaban も第III相試験の実施が可能なことを示した。
1988年に発表されたISIS-2試験は,アスピリンによって避けるべき血栓イベントである心血管死亡率が減少することを示した。この試験の結果はただちに実臨床へ影響を与えた。現在,急性冠症候群の予後は著しく改善している。「一般的な急性冠症候群」については,現在の標準治療である未分画ヘパリン,急性期のインターベンション,アスピリン/クロピドグレルにより基本的には問題なく治療できる。今後の臨床試験はこれらの標準治療では十分な効果を得ることのできない,少数の「特殊な急性冠症候群」を対象とするものにならざるを得ない。試験としての困難性は増加し,かつ試験成功後の市場も小さい。急性冠症候群の領域では個別医療に対応できる,個別的な薬剤開発の仕組みが必要であろう。
SEPIA-ACS1-TIMI 42試験概要 ESC 2009にて発表(Lancet. 2009; 374: 787-95)
otamixabanの用量決定試験が終了,0.105,0.140mg/kg/時間が今後の第III相試験の候補に
デザイン●ランダム割付け,二重盲検,36ヵ国196施設,第II相。
対 象●発症後24時間以内の非ST上昇型ACS患者3,241例。
介 入●otamixaban 0.035群,0.070群,0.105群,0.140群,0.175群ではそれぞれ,0.08mg/kgボーラス投与後,0.035?0.175mg/kg/時間を注入。未分画ヘパリン+eptifibatide群では,未分画ヘパリン(60IU/kgを静脈内ボーラス投与後,12IU/kg/時間)+eptifibatide(180μg/kgを静脈内ボーラス投与後,1.0?2.0μg/kg/分)を注入。
一次エンドポイント(7日後の死亡+心筋梗塞+緊急の血行再建術+GPIIb/IIIa阻害薬による救済)●すべてのotamixaban群で未分画ヘパリン+eptifibatide群との有意差なし。死亡+心筋梗塞の発生率は,0.105群と0.140群を統合すると未分画ヘパリン+eptifibatide群より有意に少なかった(RR 0.54,95%CI 0.32?0.91)。
安全性(出血)●0.175群はすべてのotamixaban群で未分画ヘパリン+eptifibatide群より有意に多かったが,他の4群では有意差なし。
死因の一位が冠動脈疾患を中心とする血栓性疾患である欧米社会では,冠動脈疾患の一次予防に対する期待が大きい。冠動脈疾患の一次予防効果が示唆された薬剤はアスピリンとスタチンに過ぎない点も,抗血小板薬に対する期待を増加させていた。さらに,米国の医師を対象としたPhysicians'Health Study(N Engl J Med. 1989; 321: 129-35)でアスピリンの一次予防効果が示されていたこともあり,抗血小板薬には期待が大きかった。ただし,止血に必須の役割を演じる血小板機能を阻害すれば,出血性合併症の発症リスクを無視できない。出血との対比におけるアスピリン介入のメリットの有無に関する検証が期待された。
AAA試験の対象は足関節上腕血圧比(ABI)の低下により動脈硬化が確認された症例であり,厳密な意味では一次予防試験ではない。また,本試験はスコットランドで施行された試験であり,結果を人類全体に拡張できるか否かも不明である。本試験の観察期間は8年と通常の試験よりも長く,初期の有効性が期間内に希釈された可能性も考えられる。
臨床医としての経験的直感から述べると,心血管イベント一次予防のためにはまず禁煙が必須であろう。今後,薬剤介入の有効性が証明されたとしても,禁煙を完了し,さらに30分/日くらいの規則的運動習慣ができ,体重減少に成功し,高血圧,糖尿病などのリスク因子をコントロールしたうえで,薬剤介入の上乗せ効果を期待するのが妥当な治療法と考えられる。
AAA試験概要 ESC 2009にて発表(Fowkes G)
ABIにて無症候性アテローム性動脈硬化が疑われる患者でアスピリンの心血管イベント予防効果は認められず
デザイン●ランダム割付け,プラセボ対照,二重盲検。
対 象●心血管疾患既往のないABI≦0.95の50?75歳3,350例。
介 入●アスピリン群では100mgを1日1回投与,プラセボと比較。
一次エンドポイント(致死性/非致死性の冠動脈イベント+脳卒中+血行再建術)●アスピリン群とプラセボ群に有意差なし(10.8% vs 10.5%,HR 1.03,95% CI 0.84?1.27)。
安全性(大出血)●アスピリン群とプラセボ群に有意差なし(2.0% vs 1.2%,HR 1.71,95%CI 0.99?2.97)。