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[トピックス] OPINION
THERAPEUTIC RESEARCH vol.31 no.2 2010掲載(一部改訂)
A1CとHbA1c—糖尿病検査はどう変わるのか
柏木厚典先生

最近,論文などで「A1C」という表記をみかけます。「HbA1c」の略表記として用いられているようにもみえますが,日本糖尿病学会による診断基準の改定案では,「HbA1c」と「A1C」は異なる基準値が示され,使い分けがなされています。
二つの表記は,なぜ,どのように使い分けられているのか,日本糖尿病学会「糖尿病関連検査の標準化に関する検討委員会」の委員長を務める柏木厚典氏に詳しく解説していただきました。

「表記法」,「診断基準」については,2010年5月に開催される「第53回糖尿病学会学術集会」にて最終決定が報告される予定です。

インタビュー
最近,A1Cという表記を目にします。HbA1c とA1Cはちがうものなのでしょうか。

これまで日本の臨床で測定されていた「HbA1c」はわが国で標準化された方法で測定されたものです。これに対して,「A1C」は米国ほか,多くの国々で採用されているNGSP法で測定された値を表記したものです。今後は,当面,両者を併記いたしますが,将来的には日本も世界に合わせて,表記法として「HbA1c」ではなく,「A1C」または「HbA1c(NGSP)」を用いるようになります。

ただし,実際には測定法が変わるわけではなく,従来どおりJDS法で測定して,得られたJDS値(HbA1c)を換算式により,A1C(NGSP)値に変換し,その値を記録し,報告することになります。たとえば,これまで血糖コントロールの指標で「優」は「HbA1c 5.8%未満」となっていました。これは新たな表記では「A1CまたはHbA1c(NGSP)6.2%未満」に相当します。

日本と米国では同じ検体を測定しても,約0.4ポイントの開きがあった
なぜ,日本と米国では違う測定法を採用しているのでしょうか。

日本は,いち早く測定の標準化に取り組みました。1993年にはHbA1cの標準物質(ロット1)を作製し,全国の主要な施設に配布し,その標準物質を用いて測定機器を調整し,測定することになりました。現在,用いられている標準物質はロット4になりますが,ロットが2,3,4と変わる際には,前の標準物質に合わせるように調整を行ってきたため,現在もロット1と同じ値がでるように調整されているのです。こうして測定されたHbA1cはJDS値と呼ばれ,日本の臨床で使われています。

一方,米国では,大規模臨床試験DCCT研究を実施する際に,各施設で測定するHbA1cを標準化するために,標準物質を作製・配布しました。そしてNGSPがその精度を認証し,認証された施設だけがDCCT研究への参加を許された,というのが始まりです。現在では,世界でほとんどの国がこのNGSP法を採用しています。ただし,スウェーデンではまた独自の測定系をもっています。

HbA1cとA1Cが「異なるもの」ということはわかりましたが,具体的には何がちがうのでしょうか。

その説明の前に,そもそもHbA1cが何を測定しているかを説明したいと思います。

血中ヘモグロビンは,A0,A1,A2,Fで組成されています。このうちA1は,α鎖,β鎖に結合した糖の種類によってさらに分画されます。β鎖N末端のバリンにグルコースが結合したものがHbA1cです。これを高速液体クロマトグラフィで測定し,ヘモグロビンに対するHbA1cの割合を算出し,糖化ヘモグロビンの指標として用いています。正常成人ではHbA1cは4.3–5.8%くらいですが,高血糖状態が慢性的になると,このヘモグロビンの糖化が進み,HbA1cの割合が高くなります。

JDS法もNGSP法も,測定の原理・定義はまったく変わりません。ですから,当初はJDS法による測定値と,NGSP法による測定値がそれほど乖離しているとは考えていませんでした。しかし,実際には,それぞれHbA1c以外のコンポーネントも同時に測定してしまっており,同じ検体を測定すると,NGSP法ではJDS法より0.4ポイント高い値を示すことがわかってきました。

「0.4ポイントの差」は臨床において,非常に大きい差です。論文や学会発表の際にも,HbA1cの値を見て,想定する患者像が異なるという事態が生じてしまうのですから。この「差」に気がつくまでは,「日本は管理がよいから6.5%を基準に患者の管理をしているが,米国ではBMIが高いひとも多く,管理が難しいから7.0%で管理しているのだろう」と思っていたんです。

標準化されていないと,世界共通のプロトコールで臨床試験を行う際にも,日本と諸外国ではすべての基準が変わってきてしまうということも大きな問題です。

国際標準化を模索したものの,暗礁に乗り上げてしまった

これまで,米国を中心とした大多数の国,日本,スウェーデンで測定法が異なり,各国が標準化されていない状態で議論を行っていました。これでは混乱を招くということで,2007年に国際臨床化学連合(IFCC),国際糖尿病連合(IDF),米国糖尿病学会(ADA),欧州糖尿病学会議(EASD)が集まり,「HbA1cはヘモグロビンのβ鎖のN末端のバリンにグルコースが安定的に結合したものを測定し,全体ヘモグロビン量に占める割合を算出する」と明確に定義づけ,さらに科学的により正確な標準測定法を策定することになりました。こうして測定されたHbA1cは,「IFCC値(mmol/molHb)」と表記することになりました。IFCC値はJDS法と比べると約1.5ポイント低い値を示し,NGSP法と比べる約1.9ポイント低い値を示すことがわかりました。これまでのJDS法やNGSP法では,定義以外のものも含まれた状態でHbA1cとして測定していたためです。

しかしながら,長い間,蓄積した測定データがあるところに,突然,測定法を変えて従来よりも1.5ポイントも低い値を提示してしまったら,臨床の現場は混乱してしまいます。そこで,IFCC値は単位を%ではなく,mmol/molで示すことで日本や欧州では話がまとまりつつありました。この単位にすると,従来の測定値が6.5%の場合,関係式から算出すると50.7mmol/molとなります。

このように変換すれば,まったく異なる数値になるため,現場の混乱を最小限にできると考えたのです。日本は,数年間はJDS値とIFCC値を併記し,次第にIFCC値へ移行するとの方針で準備を進めていました。

ところが,米国がこの国際単位(IFCC値)への移行に必ずしも同意せず,従来どおりNGSP値(A1C)を用いるという方針を貫いたため,国際単位の設定が暗礁へ乗り上げてしまいました。

その一方で,ADAの専門医委員会は,2009年3月に糖尿病の診断基準の一つとして「A1C(NGSP値)6.5%以下」を提言したことから,HbA1c(JDS)やA1Cの整合性はますます重要な課題となってきたのです。そこで,日本は経過措置として,まずはNGSP法(A1C)を採用することで,諸外国と足並みを揃えることにしました。したがって,導入後約2年間程度は「A1C」と「HbA1c(JDS)」を併記していくことになります。

糖尿病の診断基準の一つに「HbA1c 6.1%以上(A1Cで6.5%以上)」が加わる
日本でも,診断基準が11年ぶりに変更されるということで,関心が集まっています。

「HbA1c 6.1%以上(A1Cで6.5%以上)」を糖尿病の診断基準の一つとするという方向で決まりつつあります。国民栄養調査の結果から,「糖尿病が強く疑われる人」はHbA1cで 6.1%以上になり,この値は,空腹時血糖値126mg/dL,75g糖負荷試験2時間値200mg/dLにほぼ相当することがわかっています。さらには,米国の診断基準「A1C 6.5%以上」との差も「0.4%」とぴったり合います。

日本糖尿病学会では,HbA1cを診断基準に入れることには同調しましたが,これまでの基準と併用し,下の4項目のいずれかを満たす場合を「糖尿病型」,再検査にて再び4項目のいずれかを満たす場合を「糖尿病」と診断することで決まりつつあります。ただし,「糖尿病」と診断するには,初回検査と再検査の少なくとも一方で,必ず血糖値の基準を満たしている必要があります。

  1. 空腹時血糖値≧126mg/dL
  2. OGTT 2時間値≧200mg/dL
  3. 随時血糖値≧200mg/dL
  4. A1C≧6.5%,HbA1c≧6.1%
※ 最終案は第53回日本糖尿病学会で提示される予定です。
日本の新しい診断基準(案)をみると,いろいろな組み合わせが可能ですが,どの組み合わせがよいとお考えですか。

本来,糖尿病の診断は血糖値で行うのがよいと思います。さらに,一度は糖負荷試験を実施してほしいと思っています。糖負荷試験では,血糖値だけでなく,インスリンの分泌状態もみることができますので,将来の治療戦略の参考になります。

ADAは「A1Cが直前の食事の影響を受けず,簡便で,日差変動などのバラツキが少ないため,慢性高血糖の指標として優れている」と判断し,診断基準に用いることにしましたが,日本糖尿病学会としては「HbA1cのみで糖尿病を診断すべきではない」と考えています。米国では,医療経済への負担を考慮して,「簡便に,簡便に」ということに重きがおかれる傾向がありますが,HbA1cの測定値は「貧血患者で低値を示す,急性の病態は反映しない,低開発国では測定できない,血糖測定に比べて高額である,あるいは測定法による値の格差が依然存在する」などの弱点もあり,世界の基準としてこの方法のみで糖尿病を診断することには問題があると考えます。

実は,米国では「A1Cを診断基準に加える」ということに落ち着く前に,もう一つ別の議論もありました。A1Cから平均血糖値を推定した,eAG(estimated average glucose)という指標を作り,糖尿病の診断基準に盛り込もうという話まであったのです。

eAGはどのように推定するのでしょうか。また,eAGを用いる意義はなんでしょうか。

24時間血糖プロファイルから平均血糖値を算出し,それとA1Cとの関係を調べて関係式を作成し,eAGを算出できるようにしたのです。

eAGは平均血糖値を表現しようというものです。患者さんにとって「HbA1c(A1C)」の概念は理解しにくいでしょう。対して,「空腹時でもなく,食後でもなく,平均の血糖値が○○以上は高いですよ」といわれたほうが,わかりやすいのではないか,というのが米国の主張でした。

eAGとA1Cの相関は良好であると報告していましたが,まだ,完全に信頼できるものではありません。ですから,現時点では,日本もeAGを算出することはいいけれど,診断基準としてはHbA1c(A1C)を用いたほうがよいと判断しました。

結局,米国も診断基準にeAGを取り入れることは見送り,A1Cが採用されました。

A1CとHbA1cの関係をきちんと理解してもらうことが,最大の課題
HbA1cとA1cの関係や,その背後の事情などがよく理解できました。今後は各方面での啓発が重要になりそうですが。

最大の課題は,日常の診療を混乱させないようにすることです。しばらくは引き続きHbA1c (JDS)で判断していただけばよいと思います。ただし,HbA1cとA1Cを併記していきますので,A1Cにも徐々に慣れていっていただきたい。

過去にも血清クレアチニン値について,酵素法とJáfe法で値がちがってしまうという問題がありました。今回の問題も少し似ているかもしれません。

HbA1cからA1Cに切り替えていった際,見かけ上の値は変わりますが,本質的に意味するものはまったく変わりません。決して,診断基準や治療の目標値が緩くなるわけではないのです。そういう誤解を与えないように,HbA1c とA1Cのちがいをきちんと説明していく必要があります。これは,医師だけでなく,看護師,検査技師,薬剤師といったコメディカルをはじめ,患者,そして医学生や海外の医師まで,すべてに周知徹底されなくてはいけません。そのために,約2?3年程度かけて,表記法をA1C(%)に変えることになると思います。

ADA: American Diabetes Association
EASD: European Association for the Study of Diabetes
JDS: Japanese Diabetes Society
IDF: International Diabetes Federation
IFCC: International Federation of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine
NGSP: National Glycohemoglobin Standardization Program

 

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「表記法」,「診断基準」については,2010年5月に開催される「第53回糖尿病学会学術集会」にて最終決定が報告される予定です。

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