2009年から2010年にかけて,インクレチン製剤が日本においても承認・発売されている。新しい作用機序をもつ糖尿病治療薬の登場は約10年ぶりであり,高い関心が寄せられている。ここでは,インクレチン製剤の現状について紹介する。
インクレチンとは,小腸から放出される消化管ホルモンであり,小腸上部から分泌されるglucose-like peptide-1(GLP-1)と,小腸下部から分泌されるglucose-dependent insulinotropic peptide(GIP)がある。消化管から栄養素が取り込まれると放出され,インスリン分泌を促し,dipepticyl peptidase-4(DPP-4)によってすばやく分解される。
GLP-1は,2型糖尿病患者へ投与すると,膵β細胞を刺激してインスリン分泌させ,α細胞からのグルカゴン分泌を抑制し,血糖値を下げることが知られていた。そのため,糖尿病治療薬として,DPP-4を阻害する薬剤と,内因性のインクレチンよりも分解されにくいGLP-1のアナログ製剤が開発されている。
欧州や米国ではインクレチン製剤がいち早く臨床使用され,現在,数種類が市販されている。おもな薬剤の特徴は表のとおりである。
インクレチン製剤は,血糖値を低下させるだけでなく,他のさまざまな利点からも,新たな糖尿病治療の戦略として期待されている。
例えば,(1)従来の糖尿病薬とは異なり,インクレチン製剤は血糖依存性に作用するため,低血糖を起こす危険性が低い。(2)中枢神経に作用し食欲を抑制するため,体重維持・減少にも有効である。(3)β細胞の機能を保護する作用も示されている。(4)グルカゴン分泌を直接的に抑制するだけでなく,そのパラクリン分泌も抑制することにより,食後高血糖を抑制することが可能である。
一般名/種類 | 投与法 | 投与量 | 適応 | 半減期 |
エクセナチド/ GLP-1アナログ | 皮下 | 5–10µgを1日2回 | メトホルミン,スルホニル尿素薬,チアゾリジン薬との併用 | 2–4時間 |
リラグルチド/ GLP-1アナログ | 皮下 | 0.6–0.8mg/日 | 10–14時間 | |
シタグリプチン/ DPP-4阻害薬 | 経口 | 100mg/日 | 単独使用,もしくはメトホルミン,スルホニル尿素薬,チアゾリジン薬との併用 | 12時間 |
ビルダグリプチン/ DPP-4阻害薬 | 経口 | 25–200mg/日 | メトホルミン,スルホニル尿素薬,チアゾリジン薬との併用 | 1.5–4.5時間 |
昨年6月に開催された米国糖尿病協会(ADA)学術大会2009でも,インクレチン製剤に関する数多くの演題が発表された。
GLP-1アナログであるエクセナチドの有効性を検討した研究では,HbA1c値や血圧,LDL-コレステロールの低下作用および,体重の減少作用が報告された(Horton et al., Arnolds et al., Jogi et al., Christofides et al., Samarasinghe et al.)。また,こうした有効性は,同薬の週1回の投与でも認められている(Kim et al., Bergenstal et al., Wang et al.)。
同じくGLP-1アナログのリラグルチドも,エクセナチドと同様の有効性を示すことが示された(Finer et al., Seino et al., Garber et al., Nauck et al.)。さらに,エクセナチドの作用は投与後8時間でベースラインレベルに戻るが,リラグルチドの有効性は24時間持続するという結果も報告されている(Roasenstock et al.)。
日本においては,シタグリプチン「グラクティブ®」「ジャヌビア®」(DPP-4阻害薬)が国内初のインクレチン製剤として2009年12月に発売された。2010年1月には,ビルダグリプチン「エクア®」(DPP-4阻害薬)とリラグルチド「ビクトーザ®」(GLP-1アナログ)も承認を取得している。これらの適応は「食事療法,運動療法で十分な効果が得られない,あるいは食事療法,運動療法に加えてスルホニル尿素薬を使用しても十分な効果が得られない2型糖尿病」であり,従来の治療ではコントロール不良であった患者への有効性が期待されている。さらに現在,その他のインクレチン製剤も承認を申請しており,今後,単独での使用だけでなく,経口血糖降下薬との併用など,糖尿病治療戦略の幅が大きく広がると予想されている。