ホーム   >  トピックス   >   2010年のトピックス   > INFORMATION 新しい糖尿病診断基準とHbA1c—国際標準化に向けた取り組み
[トピックス] INFORMATION
THERAPEUTIC RESEARCH vol.31 no.8 2010掲載
新しい糖尿病診断基準とHbA1c—国際標準化に向けた取り組み

2010年7月1日より,新しい糖尿病診断基準が施行された。今回の改訂から診断基準のひとつにHbA1cが加わったが,このHbA1cの値・表記法をめぐっては解決すべき問題が残されている。小誌2010年2月号でも,なぜ国際標準化が必要なのかを柏木厚典氏(滋賀医科大学附属病院)に詳しく解説していただいた(Ther Res. 2010;31:11-4)。今回はその続報として,新しい診断基準およびHbA1cの取り扱いに関する日本糖尿病学会の決定を紹介する。

なお,本稿は2010年7月29日に開催された「日本糖尿病学会 診断基準・HbA1cの記述に関する説明会」の内容をもとに作成した。

新しい糖尿病診断基準のポイント

2010年5月27日,第53回日本糖尿病学会年次学術集会において,糖尿病診断基準の改訂およびHbA1cの国際標準値への移行が決定され,同年7月1日より施行となった。

これまでの糖尿病診断は随時血糖値や空腹時血糖値,75g経口ブドウ糖負荷試験2時間値など,血糖値だけに基づいて行われてきたが,血糖値は変動が大きいため,原則として,日を変えて2回の検査が必要であり,患者への負担が大きかった。さらに,初期の糖尿病では症状がないため,再検査を受けないケースもあり,早期介入が難しいという問題点が指摘されていた。

今回の改訂では,診断基準にHbA1cを加え,血糖値とHbA1cの同日測定を推奨している。HbA1cのみでは診断はできないものの,血糖値とHbA1cがともに糖尿病型であれば,1回の検査で糖尿病と診断することが可能であり,より早期からの治療を促すことを目的としている(図1)。

図1 糖尿病の臨床診断のフローチャート
図1
(糖尿病. 2010;53:450-67.より一部改変)

HbA1cの国際標準化

HbA1cとは,血中ヘモグロビンのA1のβ鎖N末端のバリンにグルコースが結合したものである。これを高速液体クロマトグラフィで測定し,ヘモグロビンに対するHbA1cの割合を算出し,糖化ヘモグロビンの指標として用いている。正常成人ではHbA1cは4.3?5.8%であるが,高血糖状態が慢性的になると,ヘモグロビンの糖化が進み,HbA1cの割合が高くなる(Ther Res. 2010;31:111-4)。

このHbA1cの測定に関しては,これまで国際標準化がされておらず,同じ検体であっても,日本での測定値(HbA1c(JDS値)と表記)と,米国を中心とする諸外国での測定値(HbA1c(NGSP値)と表記)を比較すると,HbA1c(JDS値)が約0.4%低値を示していた。

日本糖尿病学会では,糖尿病の診断・治療・研究のグローバル化を重視し,今回,診断基準の改訂とともに,HbA1cの国際標準化に踏み切った。

現行のHbA1c(JDS値)と,諸外国で使用されているHbA1c(NGSP値)の差を是正するために,HbA1c(JDS値)に0.4%を加えた値を国際標準値(HbA1c(国際標準値)と表記)とし,今後,国内でのHbA1cの表記は国際標準値に統一することを目指す。英文誌や国際学会の発表においては,診断基準の改訂と同じ2010年7月1日より,国際標準値を使用することとされている。

これにより,暫定的に,HbA1cの表記には3種類が存在することとなった。従来,日本で用いられてきたHbA1c(JDS値),諸外国で用いられているHbA1c(NGSP値),そしてJDS値に0.4%を加えたHbA1c(国際標準値)である。ただし,国際標準値はNGSP値に相当する値だが,測定法はJDS値と同一であることから,NGSP値そのものではないことを理解する必要がある。

HbA1c(国際標準値)=HbA1c(JDS値)+0.4%
HbA1c(国際標準値)≒HbA1c(NGSP値)

臨床現場における混乱を防ぐために

HbA1cの国際標準化が決定されたものの,わが国においては,長い間,HbA1c(JDS値)が使われてきたため,HbA1c(国際標準値)の導入にともなう,臨床現場での混乱が懸念されている。

こうした混乱を避けるため,当面の間,日常臨床,検診,健康診断などでは,現行のHbA1c(JDS値)を継続して使用することになる。HbA1c(国際標準値)について十分に周知された後,全国一斉に国際標準値に変更する予定である。変更の日程(「国際標準化変更日」)は現時点では未定だが,同学会は,2012年4月を目指すとしている。

HbA1cの表記を明確に

糖尿病の診断にあたっては,変更日まではHbA1c(JDS値)≧6.1%,それ以降はHbA1c(国際標準値)≧6.5%が用いられる。同様に,血糖コントロールの指標と評価も,変更日まではHbA1c(JDS値),それ以降はHbA1c(国際標準値)を用いることになる(表1)。

しかし,混乱を避け,両者の関係を明確にするため,同学会ではJDS値と国際標準値の両方を併記することが望ましいとしている。その際,変更日までは,JDS値を先に,国際標準値を後に記述し,変更日以降は両者の位置を逆にする。

出版物についても,このルールに従うよう同学会は各出版社に協力を呼びかけている。

表1 血糖コントロールの指標と評価
●「国際標準化変更日」まで
指 標 コントロールの評価とその範囲
不可
不十分 不良
HbA1c(JDS値)
(%)
5.8未満 5.8~6.5未満 6.5~7.0未満 7.0~8.0未満 8.0以上
6.5~8.0未満

●「国際標準化変更日」以降
指 標 コントロールの評価とその範囲
不可
不十分 不良
HbA1c(国際標準値)
(%)
6.2未満 6.2~6.9未満 6.9~7.4未満 7.4~8.4未満 8.4以上
6.9~8.4未満

(1)英文誌
2010年7月1日以降,英文誌に投稿・発表する場合は,HbA1c(国際標準値)を記載し,Diabetology International誌およびJournal of Diabetes Investigation誌に掲載される「糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告」の英語論文を引用して,HbA1cの測定方法を明記する(表2?1)。

(2)和文誌
変更日以前に投稿する論文では,HbA1c(国際標準値)とHbA1c(JDS値)のどちらを用いてもよいが,論文中にいずれの方法による表記であるのかを明記する。変更日以降に投稿する論文では,すべてHbA1c(国際標準値)を用いる。
いずれの場合も,「糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告」(糖尿病. 2010;53:450?67.)を引用する(表2?2)。

(3)総説・著書
HbA1cの具体的な数値を記述する場合,国内データについては,HbA1c(国際標準値)とHbA1c(JDS値)のどちらを用いてもよいが,いずれの方法による表記であるのかを明記する。
海外データは原則としてHbA1c(NGSP値)を使用すべきであるが,場合によりHbA1c(国際標準値)の表記も可能である(表2?3)。

(4)治験データ・臨床試験成績の紹介
変更日以前にHbA1cの具体的な数値を記述する場合,海外データはHbA1c(NGSP値)を使用し,国内データはHbA1c(JDS値)またはHbA1c(国際標準値)を用い,HbA1c(NGSP値)≒HbA1c(JDS値)+0.4%であることを記載する(表2?4)。
変更日以降は,当面の間,海外データはHbA1c(NGSP値),国内データはHbA1c(国際標準値)を用い,HbA1c(NGSP値)≒HbA1c(国際標準値)と明記する。
海外データは原則としてHbA1c(NGSP値)を使用すべきであるが,場合によりHbA1c(国際標準値)の表記も可能である。

表2 出版物におけるHbA1cの表記例

(1)英文誌
The value for HbA1c(%)is estimated as an NGSP equivalent value(%)calculated by the formula HbA1c(%)=HbA1c(JDS)(%)+0.4%,considering the relational expression of HbA1c(JDS)(%)measured by the previous Japanese standard substance and measurement methods and HbA1c(NGSP)

The Committee of Japan Diabetes Society on the diagnostic criteria of diabetes mellitus. Report of the Committee on the classification and diagnostic criteria of diabetes mellitus. J. Jpn. Diabetes Soc. 2010;53:450?67.

(2)和文誌
強化インスリン療法中の1型糖尿病患者20名を対象とし,速効型インスリンから超速効型インスリンへ変更し,3ヵ月間の血糖コントロールとQOLの変化について検討した。変更時平均のHbA1c(国際標準値)は8.8±2.3%であり,変更1ヵ月後8.5±1.9%,3ヵ月後8.0±1.3%と経時的に低下した。
[方法]HbA1cは現行のHbA1c(JDS値)に0.4%を加えたHbA1c(国際標準値)で表記した(糖尿病. 2010;53:450?67)。

(3)総説・著書
HbA1cによる糖尿病の診断をめぐって,米国ではHbA1cと糖尿病網膜症(moderate nonproliferative diabetic retinopathy以上)との関連を,多くの疫学データで検討している。すなわち,HbA1c(NGSP値)≧6.5%では網膜症頻度が高くなることを根拠に,糖尿病と診断することを提唱している。このHbA1c(NGSP値)6.5%はわが国におけるHbA1c(JDS値)6.1%(HbA1c(国際標準値)6.5%)に相当するものである。

(4)治験データ・臨床試験成績の紹介
ACCORD試験の強化療法群の平均HbA1c(NGSP値)は6.4%であり,わが国の血糖コントロールの指標と評価において良であるHbA1c(国際標準値)6.9%よりも低値であった。なお,HbA1c(国際標準値)はHbA1c(NGSP値)に相当する値である。

Therapeutic Research誌におけるHbA1c表記の扱いについて

小誌でも日本糖尿病学会の推奨を尊重し,変更日までは,HbA1c(JDS値)またはHbA1c(国際標準値)を用い,論文中にいずれの方法による表記であるかを明記する。変更日以降は,すべてHbA1c(国際標準値)を用いる。

▲このページの上へもどる