アテローム血栓症に対しては,包括的なリスクマネージメントを考慮したうえでの抗血栓療法が求められる。近年,抗血栓療法はいくつかの新薬について臨床試験結果の発表や認可承認が進み,大きく変わりつつある。ここでは,2010年の米国心臓協会(AHA)学術集会で開催されたAHA/欧州心臓病学会(ESC)ジョイントセッション「Antithrombotic Therapy in Atherosclerosis」をもとに,抗血栓療法の最近の動向および今後の課題をまとめた(取材:米国医療ライター Mary Mosley)。
急性,慢性血栓性疾患は心血管疾患の主要な要因であり,抗血栓療法が必要となる(表1)。抗血栓療法にはさまざまな選択肢があり,課題も多い。併用薬の組み合わせによる微妙な差異が明らかとなってきたこと,ヘルスケア戦略との整合性の問題など,治療の選択は複雑化している。
Robert Harrington氏(Duke University Medical Center,米国)は「まだ初期段階にある遺伝子型にもとづく個別化医療など,臨床判断の助けとなる研究データがさらに必要だ」と指摘する。
高リスクのアテローム血栓症に対しては,アスピリンまたはクロピドグレルによる抗血小板療法がおもに行われているが,虚血イベント発生の原因の一つとして,クロピドグレル抵抗性の関与が考えられている。この問題を解決すべく開発されたチエノピリジン系薬剤prasugrelは,TRITON−TIMI 38(Trial to Assess Improvement in Therapeutic Outcomes by Optimizing Platelet Inhibition with Prasugrel−Thrombolysis in Myocardial Infarction 38)試験において,クロピドグレルに比し心血管死+心筋梗塞(MI)+脳卒中の複合エンドポイントおよび早期,遠隔期ステント血栓症を抑制した1)。さらにP2Y12直接阻害薬ticagrelorは,PLATO(Platelet Inhibition and Patient Outcomes)試験において,クロピドグレルに比し心血管死+MI+脳卒中および心血管死を抑制した2)。
TRITON−TIMI 38試験参加者を用いた解析3),ならびにPLATO試験サブ解析4)では,経皮的冠インターベンション(PCI)施行例においてクロピドグレルの活性化を弱めるCYP2C19の機能喪失型変異があると,複合エンドポイント(心血管死+MI+脳卒中)およびステント血栓症が増加することが明らかとなった。PLATO試験でのイベント発生率は,変異のある患者で11.2%,ない患者で10.0%であった。一方,CURE(Clopidogrel in Unstable Angina to Prevent Recurrent Events)試験およびACTIVE−A(Atrial Fibrillation Clopidogrel Trial with Irbesartan for Prevention of Vascular Events−A)試験参加者を対象とした解析5)では,内科的に管理された患者におけるイベント発生率は,CYP2C19変異の有無にかかわらず同等であることが示され,結果は一貫していない。
したがって,CYP2C19変異の治療指標としての有用性は現時点では不明である。対立遺伝子の組み合わせは複数あり,機能に影響を及ぼす未知の対立遺伝子が存在する可能性も考えられる。
PCI施行例に対しては,より積極的な治療が必要なようだ。CURRENT OASIS 7(Clopidogrel and Aspirin Optimal Dose Usage to Reduce Recurrent Events-Seventh Organization to Assess Strategies in Ischemic Syndromes)試験のPCI施行例における解析6)では,クロピドグレルの2倍用量投与(負荷量600mg,維持量150mg/日 ×1週間)は通常用量投与(負荷量300mg,維持量75mg/日×1週間)に比し,心血管死+MI+脳卒中の複合エンドポイントおよびステント血栓症の発生率を抑制した。ただし,イベント発生率は内科的に管理された患者と同等であった。
また,ステント植込みによるPCIを施行した急性冠症候群(ACS)患者では,急性期治療から長期フォローアップへの移行を考慮しながら,病変特異的な心血管リスクと全般的なそれの両方の抑制を考える必要がある。薬剤溶出性ステント(DES)では再狭窄による血行再建術施行率を抑えられることから,心血管リスクは改善しているものの, MIや死亡率は依然として高い。
「イベントはPCI施行血管以外にも発生し,治療部位以外に起因するMI再発のリスクを伴う。これは大きな問題だ」とLaura Mauri氏(Brigham and Women’s Hospital,米国)は指摘する。TRITON−TIMI 38試験のサブ解析7)では,ステント血栓症はクロピドグレルに比較し,prasugrel群のDES植込み例で64%,ベアメタルステント(BMS)植込み例で48%抑制されたと報告されている。またticagrelorは,PLATO試験でPCI施行例8)においてイベントを13%減少させたが,これは試験コホート全体と同程度であった。
一般に,アデノシン二リン酸(ADP)を強く阻害するほどイベントは減少するが,一方で出血リスクは増大する。「アウトカムを改善するためには,いくつかのアプローチをさらに追求する必要がある」とJeffrey Weitz氏(McMaster University,カナダ)は話す。
現在,PAR−1阻害薬,経口第Xa因子阻害薬rivaroxaban,apixabanなどの新しい抗血栓薬が開発されている(表2)。虚血イベント抑制効果を高めつつ出血リスクを抑えるためには,既存の治療薬に新薬を上乗せするのではなく,既存薬の代わりに新薬を使用する「切り替え」戦略を検討しなくてはならない。そのためには,prasugrelやticagrelorは単剤で使用できるのか, PAR−1阻害薬はADP受容体阻害薬の代わりに使用できるのかなどの疑問を解決する必要がある。
PCI後の長期の抗血小板薬併用療法については,これまでのところ観察研究や限られたランダム化比較試験しか行われていない。現在患者登録が行われているDAPT(Dual Antiplatelet Therapy)試験では,PCI後の患者におけるアスピリン+チエノピリジン系薬剤による抗血小板薬併用療法の有効性が,12ヵ月以上という長期にわたって,とくにステント植込み例を対象に検討される。同試験のco-principal investigatorであるMauri氏は「長期積極的治療の安全性と有効性のバランスを明らかにしたい」と意気込む。さらに,抗血小板療法の有効性がステント血栓症の予防を介したものか,あるいは全般的な心血管リスクの抑制を介したものか,またその有効性がDES固有のものかどうかも明らかにする必要がある。
同試験ではリアルワールドに近い集団がランダム割付けされることになっており,同氏はステント血栓症あるいは疾患進行の抑制で有意差が示されれば,臨床的に意義があると考えている。予定登録患者数は約2万例で,最初にアスピリン+オープンラベルのチエノピリジン系薬剤を12ヵ月間投与後,患者を抗血小板薬併用療法群とアスピリン+プラセボ群に1:1の割合でランダム割付けして数ヵ月間治療し,さらにその後3ヵ月間の追跡期間を設けて治療効果を判定する予定である。
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prasugrel:チエノピリジン系薬剤 米国ではPCI施行ACSを適応として2009年7月に承認取得。 |
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ticagrelor:P2Y12直接阻害薬 米国ではACSを適応として承認申請中,欧州では2010年12月に承認取得。 |
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ダビガトラン:直接トロンビン阻害薬 米国ではビタミンK拮抗薬に代わる心房細動患者の脳卒中予防薬として2010年10月に承認取得。日本でも2011年1月に承認取得。 |
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rivaroxaban:経口第Xa因子阻害薬 2010年のAHAにてROCKET−AF試験(心房細動患者においてワルファリンと比較)の結果が発表され,非劣性を示した。 |
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apixaban:経口第Xa因子阻害薬 2010年のAHAにてAVERROES試験(心房細動患者においてアスピリンと比較)の結果が発表され,優越性を示した。 |
「血小板凝集能検査がアウトカムを予測することは確かだが,現時点のデータでは治療学的意義ははっきりしていない」とFranz J. Neumann氏(Heart Centre Bad Krozingen,ドイツ)は話す。
最近,クロピドグレル投与中の血小板反応性が血栓イベントを予測するというエビデンスが多く発表されている9)。血小板反応性はCYP2C19の遺伝子変異よりも予測因子として優れているというのだ。「当然のことだ」とNeumann氏は言う。「遺伝子型が違っても残存血小板凝集能はオーバーラップしている部分が多い。たとえば,CYP2C19*2対立遺伝子保有者は平均血小板凝集能が高く,低反応性の患者が多い。CYP2C19*2をホモ接合で保有していても,多くはクロピドグレル反応性が正常である」。
prasugrelやticagrelorのような新薬は直接血小板に作用するため,特定の遺伝子型によって反応性が異なるリスクがなく,血小板機能検査は不要とされる。しかし,「負荷投与後および維持投与中は約90%のADPが阻害されるので,出血予防のためには,やはり検査は必要だろう」と同氏は指摘する。さらにHarrington氏は「まだ特定されていない遺伝子型が他にも数多くあり,現在研究中の新薬にレスポンダーとノンレスポンダーがいるのかどうかもわかっていない」と言う。GRAVITAS(Gauging Responsiveness with a VerifyNow Assay-Impact on Thrombosis and Safety)試験(2010年AHAで発表)は,患者のリスクが低すぎた可能性はあるものの,血小板反応性検査の有用性を示すことはできなかった。しかし,「血栓イベント発生における血小板反応性の寄与度は遺伝子型よりも大きいことから,この検査の価値はまだわからない」とWeitz氏は話す。
抗血栓療法の課題の一つに,ステント血栓症のリスクを抑えつつも出血リスクを増加させない至適治療期間を見出すことがあげられる。血小板機能検査はこの至適治療期間の決定に適している可能性がある。
血小板機能検査の治療学的意義,すなわち血小板凝集能はリスクマーカーであるのか,それともリスク因子なのかはいまだ明らかではない。TRITON−TIMI 38試験では,prasugrelによる強力な血小板阻害作用によりステント血栓症が減少したが,同時に冠動脈バイパスグラフト術(CABG)に関連しない出血も増加した。この結果は待機的PCI患者にそのまま当てはめてよいだろうか? テーラーメイドの抗血小板療法に向けて取り組むべき課題は,ベッドサイドアッセイを利用した用量調節から恩恵を受けられる患者の特定と,低反応例では血小板阻害作用を強化し,高反応例では抑制するというリスク便益比である。
テーラーメイドの抗血小板療法については二つの大規模試験が行われている。クロピドグレル投与中の血小板反応性が高い患者を対象にしているTRIGGER−PCI(Testing Platelet Reactivity in Patients Undergoing Elective Stent Placement on Clopidogrel to Guide Alternative Therapy with Prasugrel)試験,血小板機能検査を行ってオープンラベルで用量を調節する群と検査を行わない群を比較するARCTIC(Double Randomization of a Monitoring Adjusted Antiplatelet Treatment Versus a Common Antiplatelet Treatment for DES Implantation, and Interruption Versus Continuation of Double Antiplatelet Therapy)試験である。
「アスピリンはACSに対する抗血小板療法の要であるが,最新のエビデンスでは一次予防と二次予防で効果は異なる」とKeith A. Fox氏(University of Edinburgh,英国)は話す。
最新のATT(Antiplatelet Trialists' Collaboration)解析10)ではアスピリンの一次予防(対象患者95,000例,追跡660,000患者・年),二次予防(対象患者17,000例,追跡43,000患者・年)の効果が検討され,非致死的MIの抑制は明確に示されたが,心血管死,非致死的脳卒中,脳卒中死,血管死には差がみられず,頭蓋外大出血(消化管出血)は増加した。同氏は「男女ともに一次予防効果は二次予防効果より小さく,高齢者(65~74歳)はどちらの効果も大きかった」と述べている。
糖尿病患者では,アスピリンによる一次予防効果は裏付けられていない。POPADAD(Prevention of Progression of Arterial Disease and Diabetes)試験11)では,アスピリンは冠動脈疾患の進展を予防せず,8年間の全死亡リスクを推定したKaplan−Meier曲線はアスピリン群,アスピリン非投与群ともに一般住民のイベントリスク曲線とほぼ重なることが示された。また足首上腕血圧比(ABI)低下者における検討(AAA:Aspirin for Asymptomatic Atherosclerosis試験)12)では,アスピリンはプラセボに比し冠イベントを抑制しなかった。出血も同等であった。
2種の抗血小板薬併用療法では,血管疾患リスク者における心血管イベント抑制効果を検証したCHARISMA(Clopidogrel for High Atherothrombotic Risk and Ischemic Stabilization, Management, and Avoidance)試験13)で,アスピリン+クロピドグレルによるリスク抑制傾向が認められた(相対リスク減少7.1%,P=0.22)。
米国のACS患者登録ACTION Registry−GWTG(2009年7月1日~2010年6月30日)によると,患者の高齢化が進み,併存疾患が増加するなど,患者背景は複雑さを増している(表3)。米国における非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)患者の平均年齢は67歳, 80歳超が25%を占め,90歳超は6%に上る。ACSは高齢者の疾患となりつつあり,その治療や抗血栓療法の開発にあたっては,高齢者にみられるあらゆる併存疾患を考慮する必要がある。
また,糖尿病の患者数は日本で約820万人,米国で2,360万人であるが,今後患者数はますます増加すると考えられている。リスクが高い糖尿病患者への抗血栓療法は,インターベンション施行も含めてさらに検討しなければならない。
変 数 | STEMI (n=28,614) |
NSTEMI (n=44,528) |
平均年齢(歳) | 60 | 67 |
女性(%) | 30 | 38 |
糖尿病(%) | 24 | 36 |
MI既往(%) | 19 | 29 |
うっ血性心不全既往(%) | 5 | 17 |
PCI施行歴(%) | 20 | 26 |
CABG施行歴(%) | 7 | 19 |
脳卒中既往(%) | 5 | 10 |
末梢動脈疾患既往(%) | 6 | 12 |
最近,高齢者における抗血栓療法の課題が浮き彫りにされた14)。抗血栓療法の過量投与の問題はACTION Registry−GWTGの最新データにも見うけられる。過量投与は体重や慢性腎臓病に関する認識不足や,未分画ヘパリン,低分子量ヘパリン,GP IIb/IIIa受容体拮抗薬などの不適切な用量調節によって起こる。過量投与による輸血のリスクは通常の4倍以上に増加するとされる。
抗凝固薬,抗血小板薬(経口,静注),カテーテル治療の多くの選択肢のなかからどれを選ぶかを決定するとき,医師は100通り以上の組み合わせから判断を下さなければならない。血栓イベントリスクと出血リスクのバランスのとれた治療の選択は,ますます難しくなっている。
「抗血栓療法の選択においては,特定の薬剤やシンプルで万能なアプローチを考えるのではなく,ガイドラインに基づいたアプローチを用いることがきわめて重要だ」とHarrington氏は話す。そのようなアプローチでは表4の4因子を考慮する必要がある。さらに同氏は,今後の課題として「ジェネリック医薬品の使用や国際的臨床試験データの適用などの政策課題については,社会的な議論も欠かせない」と加えた。
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病態 STEMI,NSTE- ACS,非ACS |
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患者の特徴 加齢,体格,性別,糖尿病,慢性腎臓病,TIA,出血の既往,要社会的支援 |
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血行再建術における解剖学的問題 びまん性心血管疾患,多枝病変,小血管疾患,慢性完全閉塞,分岐部病変,大伏在静脈バイパスグラフト |
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