糖尿病患者の多くに,腎障害のリスクのあることが明らかになっている。こうした症例では心血管疾患の発症リスクが上昇するだけでなく,糖尿病治療において薬物治療の選択肢が狭まるなど,医師,患者ともに多大な負担がかかる。しかし,現在,腎臓専門医以外では糖尿病患者の腎機能にはそれほど注意が払われていない。
5月30日,日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社による「糖尿病治療における腎機能低下抑制の重要性」をテーマとしたプレスセミナーが開催され,小田原雅人氏(東京医科大学)による講演が行われた。
糖尿病を発症するとさまざまな障害が引き起こされる。代表的なものとして,糖尿病神経障害,糖尿病網膜症,糖尿病腎症が三大合併症として知られている。なかでも,糖尿病腎症は,人工透析の新規導入原因の第一位となっている。
糖尿病治療においては,食事・運動療法,経口血糖降下薬,インスリン治療が行われるが,その効果は時間とともに減弱し,治療目標を達成することが困難になる。血糖コントロールの悪化を防ぐため,薬剤を併用投与される症例が多いが,このようなケースでは低血糖が問題となる。糖尿病患者の約40%が腎機能障害を合併しており,こうした患者では薬剤の代謝異常などにより低血糖のリスクが大幅に増大し,予後を悪化させることが明らかとなっている。そのため,腎機能が低下した糖尿病患者では治療薬の選択肢が限られる。
小田原雅人氏
2型糖尿病患者を対象として行われたADVANCE試験では,厳格な血糖・血圧コントロールにより,腎症の発症や悪化が減少し,さらには死亡リスクも抑制された。腎機能障害は一般にクレアチニン・クリアランスによって評価されるが,この検査に反映されるのは,重度の腎機能低下である。腎機能障害の予防のためには,それ以前の,微量アルブミン尿が検出された早期腎症の時点から血糖コントロールを開始し,進展を抑制することが重要である。また,糖尿病の治療薬を選択する際は,血糖だけでなく腎機能も考慮した薬剤選択が必要である。
糖尿病における腎機能低下のリスクは,さまざまなエビデンスから示されているが,実際の臨床においてはいまだ医師の意識が低いことが,日本ベーリンガーインゲルハイム社の行ったWEB調査から明らかとなった。
この調査の対象は,糖尿病専門医100名,循環器専門医50名,腎臓専門医50名,一般内科医50名(開業医25名,病院25名)。2011年3~4月にかけて調査を行ったところ,インスリン以外の2型糖尿病治療薬の選択時にもっとも重視されるのは,HbA1c低下作用の強さであり,腎臓専門医以外では,腎機能への配慮はあまりなされていないという結果が得られた。腎機能検査については,血清クレアチニン検査はほぼすべての医師が行っていたが,GFR/eGFRや微量アルブミン尿検査の非専門医での実施率は50~60%にとどまった。新規糖尿病患者の腎機能レベル別の割合をみると,軽度~高度低下,腎不全の患者が約6割を占めていた。腎機能が正常な患者でも,腎機能低下のリスクが高い症例は約4割にのぼった。腎機能のレベルが糖尿病治療薬の薬剤選択に影響しているかを調べたところ,腎機能が低下するにしたがって薬剤選択に配慮している傾向があったが,この意識には診療科によってちがいがあり,非専門医では,薬剤は変更せずに用量調節によって対応する率が高かった。薬剤の種類別に腎機能と薬剤選択の関係をみると,糖尿病専門医と腎臓専門医では,腎機能の中等度低下で,速効型インスリン分泌促進(グリニド)薬とα-グルコシダーゼ阻害薬以外の経口血糖降下薬を選択しづらいと回答する率が多かった。一方で非専門医では,腎機能の中等度低下に対してα-グルコシダーゼ阻害薬以外の経口血糖降下薬を使いづらいとする割合が高まったが,糖尿病・腎臓専門医ほど高くなく,薬剤間のちがいも大きくなかった。
小田原氏は「糖尿病治療は長期にわたるものであり,かつ腎機能の低下を伴う病態であるため,その治療,とくに薬物治療においては腎機能を考慮して行うことが求められる」と結んだ。