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『今後のEBM普及促進に向けた診療ガイドラインの役割と可能性に関する研究』
研究班が公開フォーラム“診療ガイドライン—新たなステップへ—”を開催

photo 2012年2月12日,東京・港区のベルサール三田において,公開フォーラム“診療ガイドライン—新たなステップへ—”が開催された。これは,厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)『今後のEBM普及促進に向けた診療ガイドラインの役割と可能性に関する研究』研究班によるもので,研究の成果が報告され,臨床医に対する治療指針という側面以外の,診療ガイドライン(診療GL)のもつ多面性が浮き彫りにされた。

同研究班は,診療GLの一層の普及・適正利用の推進に向けて,さまざまな課題に取り組んでおり,代表者は京都大学大学院医学研究科教授の中山健夫氏である。プログラムは2部構成で,第1部は,“根拠に基づく診療GL:次のステップへ”(中山健夫),“医療システムの構築に向けて—PCAPS臨床プロセスモデル群を用いた「診療GL準拠院内標準」の合意形成手法—”(東京大学大学院工学系研究科 医療社会システム工学:水流聡子ほか),第2部は,“添付文書と診療GL”(東京大学大学院薬学系研究科 医薬政策学:津谷喜一郎),“患者参加で医療が変わる—参加から協働へ—”(日本患者会情報センター:栗山真理子),“診療方針・医療政策における医療経済評価の価値と課題”(一般社団法人国際母子保健研究所:森臨太郎),“診療GLの意味を多角的に考える—医師にとって,患者にとって,社会にとって—”(中央大学法科大学院法務研究科:稲葉一人)と続き,最後に意見交換会が行われた。(編集部)

診療ガイドラインには必ず“推奨”が含まれる

中山氏はいわば「診療GLの来し方・行く末,その後の展望」を報告し,厚生労働科学研究における診療GL関連課題を年代順に紹介した。2001~3年には,『EBMを指向した「診療GL」と医学データベースに利用される「構造化抄録」作成の方法論の開発とそれらの受容性に関する研究』(この流れは,医療情報サービス Minds(マインズ)へ),2004~6年には,『「根拠に基づく診療GL」の適切な作成・利用・普及に向けた基盤整備に関する研究:患者・医療消費者の参加推進に向けて』,2007~9年には,『診療GLの新たな可能性と課題:患者・一般国民との情報共有と医療者の生涯学習』,2010~11年には,『今後のEBM普及促進に向けた診療ガイドラインの役割と可能性に関する研究』が実施された。

中山氏によると,EBMは,導入時に大きな誤解が生じたという。

「EBM,根拠に基づく医療が,臨床家の勘や経験ではなく,科学的な根拠(エビデンス)を重視する点が強調され過ぎてしまったため,経験豊富な心ある臨床家たちが元気をなくしました。EBMのパイオニアたちは,そういうことを言いたかったのではありません。“EBM is the integration of best research evidence with clinical expertise and patient values.” 人間集団から疫学的手法で得られた質の高い一般論と,貴重な個々の経験の積み重ねを合わせたうえで,目前の患者の価値観を大事にして,最良の医療を提供するように努力せよということでした。ベストリサーチエビデンスの集約が診療GLと言えます。ですから診療GLは有用ですが,それだけでは不十分で,適切な医療のためには医療者の経験と患者を尊重する基本的な姿勢が不可欠です。」

米国医学研究所(Institute of Medicine:IOM)の1990年の定義によると,診療GLは「特定の臨床状況において適切な判断を行うため,臨床家と患者を支援する目的で(assist practitioner and patient decisions),系統的に作成された文書」となる。中山氏は,ここから診療GLの本来の姿は「病気に向き合う医療者,患者・家族を力づけ,励ます情報源」とした。

2011年,IOMは,診療GLに関して『患者ケアの最適化を目的とする推奨を含む文書であり,エビデンスの系統的レビューと,他の選択肢の益と害の評価によって作成される』という新たな声明を発表した(“Report: Clinical Practice Guideline We Can Trust”)。

「コクラン共同計画のようにエビデンスをまとめるシステマティック・レビューと,それに基づいて推奨を決める役割の分担と連携を強調しています。診療GLの核心である推奨の決定に際しては,医療の受け手を含め専門医以外の立場の人々の参加が従来以上に重視されています。」(中山氏)

このレポートのまとめには,『診療GLは,臨床家と患者の双方にとって,ある特定の疾患や状態に対して最良の治療の選択肢を決定する際に支援となる。臨床には常に不確実性が存在するが,臨床家が信頼できるGLを確実に手にできれば,臨床家と患者は意思決定に際して,より多くのエビデンスを役立てられるであろう。信頼できるGLは,医療の質とアウトカムの向上に向けた希望となる。』と記載されている。

「推奨に関しては,これまでは利益≒治療の有効性を示すエビデンスの評価が中心でしたが,今後は,副作用を含めた不利益も考慮に入れる必要がありますし,『治療をしない』という選択肢も想定することになります。推奨の決定に専門家以外の人たちが関わるようになれば,たとえば有効でも高価な薬剤をどう推奨するか・しないのか,限られた医療資源・財源の中で何を優先せざるを得ないのか,社会の価値観を問うような議論が必要とされてくるでしょう。」(中山氏)

さらに中山氏は,推奨度の評価方法であるGRADEシステムなどにも言及したが,ここでは割愛する。

診療ガイドラインはコミュニケーションのツール

法律家である稲葉一人氏は,医療の問題は医療の中だけでは終わらないとした。

「診療GLも同様で,社会との関わりのなかで関係性を構築していくことが重要になります。診療GLの評価は,使い手としての医療者からだけでなく,医道審議会・学会による医療管理(維持管理)の観点から,医療理解において対象者である患者の立場から,そして適法性や妥当性といった社会的側面から行われます。また,コミュニケーションのツールでもあります。」

平成7年6月に最高裁から出された未熟児網膜症の判決では,医療水準とは画一的に決められるものではなく,仮に科学的根拠を踏まえたものであっても,厚生労働省の統一的な指針(つまり,診療GL)だけでは決まらないとされた。しかしながら,医療に関する患者に対する責任とは,過失による被害と説明義務の2つしかない。過失では,予見義務と回避義務が問われ,これらの医療水準が関わっている。この医療水準が診療GLに影響を受けることになる。稲葉氏は,診療GLの作成にあたっては,医療者の行為規範が社会の責任判断に影響を与えることを十分に認識すべきであると強調した。

この10年間,診療GLは,かなり頻繁に訴訟に使用されるようになった。2011年には,医師,弁護士,裁判官が共同で“医療訴訟における診療GLの問題点”というシンポジウムを開催するまでになった。

訴訟中での診療GLの利用については,「診療GLに記載されているにもかかわらず,なぜ,この治療を行わなかったのか」と,原告側が使用することが多いと想定されたが,実際には,被告側が「診療GLどおりに行ったので過失ではない」と,責任を否定するために医師側が積極的に利用していることも多かった。診療GLが責任追及だけの手段として使用されているわけではないことが明らかになっているという。

一方,説明義務における診療GLの位置づけは,過失の場合とは少々異なっている。

平成13年11月の乳がん乳房温存療法の最高裁判決では,医療者は患者に対してともすれば一方的に説明しがちになるが,説明義務は,医療水準だけでなく,患者のニーズや好みによっても,その範囲や説明方法が異なるとされた。つまり,患者とのコミュニケーション関係が重要だとされ,医師の行動規範は,患者の選好を踏まえた,相互共同行為の中(文脈)で決められる。そうすると,診療GLは,説明する際には,参照しなければならないものと考えられる。

「診療GLと法に関する10年間の研究をとおし,まとめとしてはやはり,中山先生がおっしゃっている,EBMの基本に立ち返ることになりました。つまり,臨床的経験とエビデンス,患者の好みの3つのバランスが重要だということを確認しました。」

さらに稲葉氏は追加した。「私は実際身内の病気の説明において,医師からの説明を理解するために,診療GLを読んでみました。そうすると,診療GLを読んでからインフォームドコンセントを受け,再度,診療GLを読むと,医師の説明が非常によく理解できました。診療GLは,医師の説明の補助という役割は重視され,法理論だけではなく,真の理解という意味でも,重要と実感しました。」

意見交換会では,PCAPS(患者状態適応型パス統合化システム)の無料提供への期待,診療GLの推奨度を決める際に医療経済的な視点をさらに盛り込むべきとの意見などが出された。

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