2002年に慢性腎臓病(CKD)の疾患概念が提唱されてから10年。2012年6月1日,日本腎臓学会は『CKD診療ガイド2012』を発表した。『CKD診療ガイド』は実地医家を対象としており,2007年の初版,2009年の改訂版を経て,今回で2度目の改訂となった。初版の発行以降,CKDの疾患概念が浸透し,早期発見・早期治療介入により,わが国の新規透析導入例はここ数年で減少しはじめている。
今回の2012年版では,CKDの重症度分類や降圧目標,降圧薬の選択などに大幅な変更が加わり,病態に応じた対応が提示されたほか,かかりつけ医と腎臓専門医の病診連携の強化・推進がさらに意識されたものとなっている。『CKD診療ガイド2012』の発行にあわせて,日本慢性腎臓病対策協議会・日本腎臓学会により行われた記者会見では,改訂委員長を務めた今井圓裕氏が改訂のポイントを紹介した。
今回の『CKD診療ガイド2012』では,原疾患,推算糸球体濾過量(eGFR),尿蛋白(尿アルブミン)をもとに,イベント発症リスクに応じたCKDの重症度分類が示された(表)。従来はeGFRを主体としていたが,尿アルブミンが独立した予後予測因子であるという報告が近年相次いでなされたため,表のように両者を組み合わせたマトリックスが提案された。『CKD診療ガイド2012』では現行の保険適用にあわせ,原疾患別に尿アルブミンと尿蛋白の区分を設けている。なおGFRの幅が広いG3(30–59mL/分/1.73m²)は,今回の改訂でG3aとG3bに分割され,より細やかな重症度分類が可能となった。
GFRの測定はこれまで,主に血清クレアチニンによる推算値(eGFRcreat)が用いられてきたが,今回の改訂で血清シスタチンCによる推算値(eGFRcys)が追加された。eGFRcreatは筋肉量などの影響を受けるが,eGFRcysはこういった影響を受けにくい。今井氏は「eGFRcreatが中心となるが,とくに筋肉量が低下した寝たきりの高齢者ではeGFRcysを活用してほしい」と述べている。
かかりつけ医から腎臓専門医への紹介基準は,従来はeGFR<50mL/分/1.73m²,あるいは0.5g/gクレアチニン以上または2+以上の蛋白尿,蛋白尿と血尿がともに陽性,のいずれかとされていたが,今回の改訂で,基本的にはCKDの重症度がもっとも進んだ患者(表の赤色の部分)が紹介の目安とされた。ただしeGFRが30–59mL/分/1.73m²(G3a–bに相当)で,蛋白尿区分が正常または微量アルブミン尿(あるいは軽度蛋白尿)に該当する場合は,次のような紹介基準が設けられている。
・ eGFR 50–59mL/分/1.73m²:40歳未満は紹介
・ eGFR 40–49mL/分/1.73m²:40–69歳も紹介
・ eGFR 30–39mL/分/1.73m²:70歳以上も紹介
顕性アルブミン尿(あるいは高度蛋白尿)を呈する場合は,GFRや年齢によらず専門医への紹介を推奨している。
CKD患者の降圧目標は,尿蛋白によらず130/80mmHg以下。ただし,高齢者の場合はまず140/90mmHgを目指し,腎臓の機能悪化や虚血症状が見られないことを確認したうえで130/80mmHg以下へ慎重に降圧することが強調され,さらに,収縮期血圧110mmHg未満への降圧を避けるという記述が加わった。なお,今回「尿蛋白1g/日以上では125/75mmHg未満を目標」という記述はなくなった。
CKD患者における降圧治療の第一選択薬は,いままでは一律にレニン-アンジオテンシン系(RAS)阻害薬とされてきた。『CKD診療ガイド2012』において,糖尿病患者および尿蛋白0.15g/日以上(尿アルブミン30mg/日以上)の患者では,RAS阻害薬が第一選択薬だが,それ以外の患者の場合は,降圧薬の種類は問わないとされた。図にあるように,各降圧薬のよい適用が示され,今後は個々の患者で病態に合わせたきめ細かな対応が求められることになる。
CKD患者における塩分摂取の基本は,3g/日以上,6g/日未満とされた。今井氏によると,極端な塩分制限は腎機能低下例においては死亡リスクを高めるというデータがあり,また,味気ない食事を嫌って摂取カロリーが下がることなども懸念され,「3g/日以上」という下限を設けたという。摂取エネルギー量についての推奨は25–35kcal/kg体重/日と幅広く設定されたが,肥満症例では体重に応じて20–25kcal/kg体重/日を指導してもよいとされた。
改訂委員長:今井圓裕氏に聞く
日本の実態と国際的な標準を合わせた指針に
今井圓裕氏
名古屋大学大学院医学系研究科 病態内科学腎臓内科学特任教授 |
腎臓病対策で世界をリードするKDIGOは,150万人以上の調査に基づき「尿蛋白が多いほど心血管イベントや死亡のリスクが高まる」ことを2010年のレポートにまとめています。尿アルブミン,尿蛋白は心血管疾患や,末期腎不全,総死亡の独立した危険因子であり,eGFRと組み合わせたマトリックスで評価するとCKD患者の予後をより正確に予測できることがわかりました。『CKD診療ガイド2012』では,このマトリックスを基本として重症度を分類しています。今後のCKD診療では,eGFRと尿蛋白,尿アルブミンを評価した結果に基づき,重症度を把握していただきたいと思います。
降圧目標値の変更は,重要な改訂ポイントです。前回までは,尿蛋白1g/日未満の場合は「130/80mmHg未満」,1g/日以上の場合は「125/75mmHg未満」とされていましたが,今回はいずれの場合も「130/80mmHg以下」としました。「未満」と「以下」の違いは些細なようですが,実は大きな意味があります。近年の大規模臨床試験で,130/80mmHgは心血管イベントリスクが低いことがわかってきました。130/80mmHgは,いわば理想的な血圧ですから,降圧薬治療を行う必要はありません。今回,「未満」ではなく「以下」にこだわったのはそのためです。海外のデータでは,イベントリスクが上昇しはじめるのは収縮期血圧が140mmHgを超えてからとする報告もあります。KDIGOが近々発表するCKDガイドライン「血圧」版では,蛋白尿を呈さないCKD患者の降圧目標は140/90mmHg以下となる予定です。しかし,日本は欧米とは疾患構造が異なり,冠動脈疾患ではなく脳卒中の発症率が高いという特徴があります。脳卒中発症予防の観点では血圧は低いほどよいことは明らかですから,『CKD診療ガイド2012』では130/80mmHg以下を目標値と定めました。
動脈硬化による腎硬化症が起きている場合は,必ずしもそうとはいえません。とくに高齢の患者さんでは,動脈硬化によって血管の弾性が失われ腎臓の血流調節機能が低下している方が多いため,血圧が大きく低下すると腎血流量が維持できず急性腎障害を起こす可能性があります。ですから,今回の改訂では,高齢者の場合はまず140/90mmHg以下,問題がなければ130/80mmHg以下を目指すとともに,収縮期血圧110mmHg未満への降圧は避けることを明記しました。高齢者では,血圧の季節変動にも十分な配慮が必要です。たとえば冬に120mmHg台まで下げた患者さんにそのままの治療を続けると,夏には110mmHg台,場合によっては100mmHg台になることがあります。また,夏は発汗によりナトリウムが体内から排出されますから,血圧が過度に低下してしまうことが懸念されます。「110mmHg未満への降圧を避ける」と血圧の下限値に言及したのは世界的にも「CKD診療ガイド2012」が初めてですので,そうした背景を実地医家の先生方にもご理解いただければと思います。
RAS阻害薬は,糖尿病合併例において臓器保護効果を有するというエビデンスがありますし,蛋白尿を認める腎炎などの症例では,尿蛋白レベルを減少させることが期待できます。標準用量のRAS阻害薬で十分な降圧が得られなければ,RAS阻害薬の増量あるいは第二/第三選択薬の併用を行います。一方,蛋白尿を呈さないCKDには腎硬化症が多く含まれていますが,腎硬化症における降圧治療の有用性はまだはっきりと証明されているわけではありません。ただ,腎硬化症が起きた腎臓の血流量はかなり低下しており,虚血に至った糸球体は機能を失ってしまいます。そのメカニズムを考慮すると,腎血流量を回復させる長時間作用型のCa拮抗薬を使用する意義は大きいと思います。
これは各薬剤の添付文書などをもとにして一覧化したものです。この表のクレアチニンクリアランス(Ccr)は体表面積補正を外したeGFRに置き換えてもさほど問題はないと考えています。体表面積補正を外す係数を巻末に記載していますので,参考にしてください。通常用いるeGFR(mL/分/1.73m²)は,標準体型の場合に相当するeGFRをさし,すでに体表面積で補正されています。しかし,薬剤の投与設計は,実際の腎機能の実力,すなわち体表面積補正を外したeGFR(mL/分)に基づかなければなりません。たとえば小柄な女性の場合,体表面積補正をしたeGFRに基づいて薬剤投与量を決めると,過剰投与となる可能性がありますのでご留意いただければと思います。