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[トピックス] 
健常者と一緒の食卓を囲む,フルコースの嚥下食
増粘剤を使わず,身近な食材でできる嚥下食のレシピを発表

8月31日~9月1日の2日間,札幌(ロイトン札幌ほか)において,第17・18回共催日本摂食・嚥下リハビリテーション学会学術大会が開催された。医師や歯科医師,看護師,栄養士などにより摂食・嚥下のリハビリテーションの向上を目指す学会で,学会認定士は臨床で広く活躍している。今回の大会には約4,300名が参加,845演題が発表された。とくに注目が集まったのは嚥下食のセッションで,どの会場も多数の参加者が集まった。なかでも普通食と変わらない見た目のフルコースの嚥下食レシピの演題は,発表スライドを撮影する参加者が多く,盛り上がりをみせた。ここではその概要を紹介する。


柚木直子氏

加齢や脳卒中,心筋梗塞などにより,物を飲み込みづらくなる嚥下障害を発症することがある。嚥下障害患者の食事には,むせや誤嚥を防ぐため増粘剤を使った流動食が供されるが,味や見た目が良くないものが多い。また,嚥下障害があっても,家族や友人といっしょにおいしい食事をしたいという患者の希望は年々高まっており,そのためのさまざまな試みが行われている。赤磐医師会病院(岡山県赤磐市)の柚木直子氏らは,粘度と固さの調整のために増粘剤の代わりにゼラチンと寒天を用いて,健常者とともに食卓を囲める行事食の嚥下食メニューを開発。その成果を第17・18回共催日本摂食・嚥下リハビリテーション学会学術大会において発表した。

これまでの嚥下食は見た目や味が良くなく,患者の食欲に結びつかないものがほとんどだった。そのため,患者の栄養状態や体力,免疫力の低下につながる場合もあったという。また,嚥下機能を評価するために,患者に増粘剤で粘度をつけたお茶を少量飲んでもらうことがあるが,増粘剤によってお茶の味が変わり,その味が口に合わないために飲み込まない患者も存在する。さらに,すべてがペースト状でいいのだろうか,との医療者側の疑問もあった。こうした問題に対応するため,赤磐医師会病院では,近隣の医療施設とともに「赤磐胃ろうと栄養の研究会」の活動の一環として嚥下食メニューを開発し,試食会を重ねてきた。メニューの開発にあたっては,料理の味に影響しづらいゼラチンと寒天を用い,季節ごとの行事を念頭に試作をくり返した。この行事食は食前酒からデザートまでのフルコースからなり,さまざまな嚥下レベルの食事が含まれているため,食べることで嚥下訓練もできるようになっている。

柚木氏らにより開発されたメニューのうち,カレーや柏餅などの「こどもの日のコース」,焼きなすや栗ごはんなどの「お月見のコース」,牛の赤ワイン煮やショートケーキなどの「クリスマスのコース」,お節料理やお雑煮などの「お正月のコース」が写真とともに紹介された。食器にもこだわって美しく盛りつけられた料理は,一見,嚥下食とは思えない食事に仕上げられていた。スライドに写真が表示されると,会場から一斉にカメラが向けられ,嚥下食に対する関心の高さがうかがわれた。

このように工夫がこらされた嚥下食を患者に提供すると,実際に食事摂取量が増えることも報告された。柚木氏は「高齢の患者さんでは認知症を患う方も多いですが,そうした患者さんではとくに,おいしく見た目のよい嚥下食を前にすると,食が進み,笑顔も多くみられるようになるのです」と,今回の嚥下食メニューの有効性を訴えた。

柚木氏らの試みは近隣施設を中心に高く評価されており,レシピを知りたいという要望が多いため,一冊のレシピ集「いっしょに食べよ!―病院の栄養士が考えたおいしい嚥下食レシピ―」(小社刊)として刊行された。嚥下食の注意点や専門的な解説もあり,一般家庭から専門家まで,幅広く役立つ一冊となっている。

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