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[トピックス] 
推奨グレードを意識して読んでいただきたい
CKD診療ガイドライン2013作成委員長に聞く

インタビュー
木村健二郎氏
(聖マリアンナ医科大学 腎臓・高血圧内科)

2013年8月,日本腎臓学会は『エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2013』を発表した。2009年版に続く今回の改訂では,クリニカルクエスチョン形式が採用され,CKD診療全般のエビデンスが再評価された。ここでは,作成委員長を務めた木村健二郎氏に,今回の改訂版の特徴をうかがった。(2013 年8月5日)

— 今回のガイドライン改訂にあたり,「クリニカルクエスチョン(CQ)」単位でステートメント(推奨)を提示されたことは大きな変更かと思います。その意義についてお話しいただけますか。

木村●前回の『CKD診療ガイドライン2009』(以下,2009年版)はレビュー的な体裁がとられていますが,重要な点はステートメントとしてまとめられています。今回の『CKD診療ガイ ドライン2013』(以下,2013年版)ではCQ形式を採用したわけですが,内容自体が大きく変わったわけではありません。CQの多くは2009年版のステートメントに関連して作成されているからです。

ただ,CQを考える過程では,臨床医が現場で本当に疑問に思うこと,困っていることとは何かという視点が自ずと生まれてきます。さらに重要なのは,その疑問にはっきりと答えるためのステートメントが求められるということです。より臨床に沿った明確なスタンスを提示できたという点が,CQ形式にしたことの最大のメリットだったと思います。

また,CQはガイドラインの骨格となるものですから,できるだけ中立的に策定する必要がありました。2013年版では,ガイドライン改訂委員会で原案を作成し,各ワーキンググループでディスカッションを重ねました。今回は,話し合いで出た意見を責任者が持ち帰り判断するという過程を繰り返しました。さらに,一度決めたCQは,個人やグループの判断で簡単には変更しないことも徹底しました。

— 今回のガイドラインでは,ステートメントに対しA,B,C1,C2,Dの5種類の推奨グレードが付されています。推奨グレードC1とC2はどのような判断で決定されたのですか。

木村●推奨グレードC1は「科学的根拠はない(あるいは,弱い)が,行うよう勧められる」,C2は「科学的根拠はない(あるいは,弱い)が,行わないよう勧められる」で,医師の経験や考えに基づいて判断されます。もちろん委員会での慎重なディスカッションを経て決まるわけですが,それでも恣意的な面はあると思います。ですから,C1にした理由,C2にした理由をきちんと記載するようにしました。C1のステートメントは全体の48%,C2は5%と,実は「C」が全体の半数以上を占めています。

— 具体的なC1のステートメントについてお聞きします。「糖尿病合併CKDの第一選択薬は,A1区分(尿アルブミン< 30mg/gCr)ではRA系阻害薬を推奨する(C1)」に対し,委員会ではどのような議論がなされたのでしょうか。

木村●このステートメントの推奨グレードは,実地臨床でガイドラインを活用する際に非常に大きな判断材料となります。

糖尿病合併CKDでかつA1区分の場合,RA系阻害薬を推奨するに足る確固たるエビデンスが存在しているとは言えません。RA系阻害薬が有用かもしれないという弱いエビデンスがある一方,Ca拮抗薬と有用性の差はないとするエビデンスも存在します。ですからRA系阻害薬を推奨するこのステートメントに対し,その他の降圧薬も同列に推奨すべきだという意見も当然あります。しかし,多くの議論を経て,「C1」としてRA系阻害薬を推奨するという,一定の方向性を示すこととなりました。

このようにC1とされたステートメントには,エビデンスがない,あるいは弱いといった背景があります。実地臨床で,たとえばRA系阻害薬以外の降圧薬のほうが好ましい病態をもつ患者さんがいれば,RA系阻害薬にこだわる必要はないでしょう。このようにガイドラインを日常臨床に生かしていただきたいと思います。

photo 実は,先行して発行された「CKD診療ガイド2012」にも同様のステートメントがありますが,これは実地医家向けに作成されたガイドであるため,推奨グレードが付与されていません。しかし,推奨グレードが実地臨床の助けになる場面は必ずあります。「糖尿病合併CKDならRA系阻害薬」というステレオタイプの治療に甘んじるのではなく,実はA1区分ではさほど強いエビデンスがないことを知っておくことは,とても重要なことです。私は,実地医家の先生方にも「CKD診療ガイド2012」とともに「CKD診療ガイドライン2013」のステートメントとその推奨グレードを併せて読んでいただきたいと強く願っています。

— ステートメントのなかにも,一部,推奨グレードのないものもあるようですが,それはなぜでしょうか。

木村●推奨グレードを付けたのは治療介入のステートメントのみで,診断や疫学的な事実についてのステートメントの場合は,今回は見送りました。たとえば「アルコール摂取はCKDの発症・ 進展に影響を及ぼすか?」というCQに対するステートメントには推奨グレードがありません。アルコール摂取についての介入研究は存在しませんし,そもそも実施すること自体が不可能です。ですから観察研究のデータから判断することしかできない。そのような状況で推奨グレードを議論しても科学的に明確な回答は得られないですね。そのため,診断や疫学的事実からのステートメントには推奨グレードを付けない方針をとりました。

— ガイドラインを使うにあたっての注意点をお聞かせ下さい。

木村●ガイドラインのステートメントは,エビデンスに基づいたもっともスタンダードな治療方針が提示されています。そして主治医の役割は,ステートメントを個々の患者さんの状況に照らし合わせ,実際の治療を決定していくことです。当然ながら,場合によってはステートメントと異なる治療を選択することもありえます。しかしその場合でも,ガイドラインを理解したうえでの治療選択であるべきです。

photo このガイドラインが医師の診療行為を縛るものではないことは,ガイドライン前文に明記しました*。それでも,このガイドラインが大変大きな影響力をもつことは,われわれは十分に理解しています。ですから,議論を重ねても着地点が見つからない非常に際どいCQには,ステートメントで強引に方向性を指し示めさなかった部分もあります。ただ,ガイドラインである以上,そうしてばかりはいられませんので,学会としてどうすべきかの話し合いを行い,一定の方向性を導きました。ガイドラインは学会の考え・姿勢を示したものでもあるのです。このような点を,できれば『CKD診療ガイドライン2013』を使うすべての方々にご理解いただき,上手に使っていただければと思っています。

*『CKD 診療ガイドライン2013』には,このガイドラインが医療訴訟の判断基準を示すことではないことも明記されている。

— 今回,やり残したことがあるとしたらどのようなことでしょうか。

木村●ガイドラインに医療経済の視点を盛り込むことです。現時点では,CKD診療に対する費用対効果を検証した研究はほとんど存在せず,とくに日本の医療環境でみたときの研究はないといってもよいと思います。しかし,医療経済の問題は高齢化の進展とともに年々大きくなっており,もはや無視できない状況であることは間違いありません。今後どのような社会をつくっていくのかという大きな視野で考えていく必要があると思います。そのためには,医師だけでガイドラインを作っていてはならないでしょう。よりひらかれたグループで,患者さんの視点も取り入れたガイドラインが作成されていくべきと思います。

もう一つ,これからは患者さん向けのガイドラインを作成することにも取り組んでいくべきだと感じました。わが国のCKD患者,あるいは潜在的なCKD患者は1300万人ともいわれ,その終末像である透析導入は患者さんの人生を大きく揺るがしてしまうにも関わらず,患者さんの疾患認知度は低いのが現状です。たしかに,CKDは痛みや麻痺などQOLに直結する症状がほとんどないですから,患者さんが危機感をもちにくくなることは仕方ないのかもしれません。このような状況の中で,患者さん向けガイドラインという,今以上に踏み込んだ疾患啓発を進めていくことは意義のあることだと思います。

— 委員長としてガイドラインをおまとめになったご感想を改めてお聞かせいただけますか

木村●今回の作業を通して,日本腎臓学会はこれからもっと発展していくだろうという確信が深まりました。ベテラン,若手を問わず,率直に物を言える雰囲気が日本腎臓学会にはあります。優秀な若手がどんどん前に出て活躍している姿には目を見張りましたし,ベテランにも若手の意見をできるだけ吸い上げようという意識が働いていました。私のところにも若い先生からのメールがたくさんきて,一つ一つ対応しながらまとめ上げていくのは大変ではありましたが,一方では嬉しい気持ちもありました。

また,今回はアブストラクトテーブルを1200件以上作成しました。ガイドライン作成という根気のいる作業に真剣に取り組んでくれた先生方には大変感謝しています。すべて無償で,休日を返上しての作業ですから,本当によくやってくれたと思います。さらにもう一つ,将来的な発展性を強く感じたのが,IgA腎症に対する各種薬剤を評価した複数のRCT をまとめた図です。単に論文を評価するだけに留まらず,必要に応じてガイドライン作成グループがこのような分析を行っていくことは,ガイドライン作成の新しいモデルになっていくことと思います。

— ありがとうございました。

図

図 ガイドライン108-111ページに掲載された,成人IgA腎症に対する各種薬剤の腎機能障害の進行抑制効果あるいは尿蛋白減少効果を評価したRCTをまとめた図。日本腎臓学会誌. 2013; 55: 585-860. 「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン 2013」

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