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[OPINION] 
わが国の臨床研究の向上のために
—統合倫理指針の理解と普及に期待

インタビュー
山崎 力
(東京大学臨床研究支援センター センター長・教授)
小出大介
(東京大学大学院臨床疫学研究システム学 特任准教授)

日本発のエビデンスが著明なジャーナルや国際学会で次々に公表され,多くの人が日本のレベルもついに欧米なみになったと思いはじめたころ,臨床研究をめぐる一連の不正疑惑が巻き起こり,一般紙上をも賑わす事態となった。日本の臨床研究は,一転して停滞してしまうのだろうか。今回は,臨床研究の実施と教育に取り組まれている2氏に,臨床研究の現状と新しい統合指針後の研究のあり方等について伺った。
— ディオバン事件の余韻がまだ残っている昨年末に,疫学研究と臨床研究の二つの倫理指針が「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」として統合され,公表されました。本指針は 2015年4 月から施行となりましたが,臨床研究・臨床試験の現状はいかがでしょうか。

photo 山崎 臨床研究については,今が"底"かもしれません。統合倫理指針は,「研究の実施に当たり,全ての関係者が遵守すべき事項について定めた」"指針"であり,治験におけるGCP(医薬品の臨床試験の実施の基準)のような強制力はありません。一方で,ディオバン事件の再発予防,日本の臨床研究の信頼回復の点から法規制導入の動きもあります。そんななかで一種の様子見といった状態にあるといえるでしょうね。

研究者主導の臨床研究については,業務委託の部分に少々曖昧な点があります。というのは,委託というのは委託する側,つまり企業が主であるのが自然なわけです。それを研究者主導のなかに組み込むわけですからむずかしくなってくる。研究の発端となるCQ(クリニカル・クエスチョン)は,医師・研究者側がもっているでしょう。しかし薬剤の特性などの情報は製薬企業のほうが当然もっているわけで,その点では,製薬企業側からよいアイデアが出てくる可能性もあります。そこをどうするかが今ひとつ明確になっていないため,企業が少し二の足を踏んでいる状態にあると思います。

また研究者の側も,この間の事件を通じて,へたなことをやったら痛い目にあうということを知らされました。これまでは,臨床研究は何となくできると思っていたフシがありますが,臨床研究にはいろいろなハードルがあることが実感としてわかったのではないでしょうか。研究者もそのあたりを自覚するようになり,今までのように気楽に声をかけて試験を行う雰囲気は完全になくなっています。

一方でエビデンスを作らなければならないということはわかっているわけです。治験のデータだけで医療は進んでいきませんから,臨床研究を行わなければならないという思いはあります。統合倫理指針が徐々に浸透し理解され,法制化の話もそれなりに見えてくれば,再び前進していくと期待しています。

— エビデンスを作っていこうという研究者にとって,資金面ではやはり企業に頼らざるをえないといったところなのでしょうか。

photo 小出 公的資金も昔に比べれば充実してきてはいますが,規模も数も企業のサポートに比べれば圧倒的に少ないと思います。また,公的資金を得るためにはまだまだ制約が厳しく,使いにくい面があります。AMED(日本医療研究開発機構)が設立されましたが,申請が複雑でその上短期間で書類を提出しなければなりません。公的資金の利用においては,最近やっと年度越えの経費も認められるようになってきましたが,基本は年度会計です。面倒で継続性がない。多くの臨床試験は1年でできるわけがありません。また,公的資金には使い方に制限があります。研究者は雇用できるが事務要員は雇用できないといったことも,実際に研究を行う者にとっては障壁といえます。

— 統合指針において,研究の種類にもよりますがモニタリングと監査が義務づけられ,注目されています。どのように対応したらよいのでしょうか。

山崎 モニタリングと監査にばかり注意が向けられがちですが,私は,それは大きな間違いだと思っています。何よりもそれ以前のデータ管理が重要なのです。それが臨床研究の基本であり,臨床研究の質を上げるためのポイントでもあります。サンプリング・チェックではずれ値が見つかったら,それだけを直せばよいのか,ということです。モニタリング・監査という言葉だけが一人歩きしているのはよくありません。誤解を招きますね。

小出 モニタリング・監査は,中間テスト・期末試験と思えばわかりやすいでしょう。あくまでも,それはテストなのです。テストに採用された一部の問題だけで,その期間の学習程度を完全に評価することはできません。要はふだんの勉強をしろということ,日々の努力が大切なのです。

山崎 期末テストで赤点だったらどうするんだ,という話です。臨床試験で追試は簡単にはできません。赤点にならないこと,それがいちばんたいせつです。

— 同じく,統合指針では研究の登録や情報の保管についても記載があり,東京大学の「UMIN 臨床試験登録システム(UMIN-CTR)」の活用も重要になってくると思います。

小出 公的な資金を得るには,事前に研究がオープンなデータベースに登録されていることが条件になるため,なかば強制的に利用されていますが,本システムに新たに追加された機能である「症例データリポジトリ」についてはまだまだ,これからといったところです。統合指針の「研究の信頼性確保」には三つの柱があり,「利益相反管理」,「モニタリング・監査」とならんで「情報等の保管」が明記されていますので,今後利用度が高まると思われます。

山崎 ただし,指針でいうところの保管とは,原資料を含む保存という意味なので,個人情報なども全部入ります。UMINの症例データリポジトリは,データセットの保存なので,指針にすべて対応しているわけではありません。匿名化の連結表は,研究者側が持っていることになっているので,若干限界があります。それでも,データが将来にわたってなくならない,メタアナリシスができるなどの前向きな話として,よい面を見てもらいたいと思います。

— これから臨床研究を進めていくうえで重要なことはどういったことでしょうか。

山崎 最近では多くの人が,教育がたいせつだということを少しずつ理解するようになりました。先に言いましたが,臨床研究は素人だけど,まあやってみようという発想はなくなってきました。これまでは,スタッフさえそろえば何とかなるという考えが一部の研究者にはあったと思います。ところが,ディオバン事件,統合指針の策定,法制化の議論のなかから,研究者の意識が変わったことはまちがいありません。実施にあたっては基本を身につけ,専門家の指導を受けながらやらなければならないという認識が広まってきています。一方で自覚を持ちすぎて萎縮している部分がないともいえませんが。臨床研究は,始めた時点で90%は終わっている。それくらいの意識で取り組まなければなりません。その意識があれば途中でつまずくことはないでしょう。CQに最適なデザインを選んでいるのか。何でもRCT(ランダム化比較試験)であればよいということではありません。また,症例数は必要最小限で行うべきです。そのようなことを,専門家を集めて事前に十分吟味することがなによりもたいせつです。

— 教育がたいせつということでしたが,東京大学では,自治医科大学,日本臨床研究支援ユニットと共同してe- ラーニングシステムを構築されたとうかがいました。利用状況はいかがでしょうか。

小出 統合指針の影響もあるのか,ここ数か月利用者も増えてきて,もう少しで1,500人になるところまで来ています。利用者の属性を受講コースからみると,CRC(臨床研究コーディネーター)がいちばん多く,次に医師,データマネージャーといったところです。一般にCRCの方たちは学ばなくてはいけないという意識がたいへん強いように思えます。教育は,小さな施設では取り組みがたいへんなので,大学等が基本的なところを提供する意義は大きく,レベルの均質化にもつながると思っています。

— e-ラーニングをはじめる前に,より基本的な部分を理解できる教材があればということで,お二人の編著による書籍「全体像がひと晩でわかる!臨床研究いろはにほ」ができ上がりました。どのような人たちに利用してもらいたいですか。

山崎 本書の冒頭にイラスト入りのスキットがあります。そこでは,新人が聞き慣れない言葉の洪水にあたふたする姿が描かれています。そのシーンのように,まずは,これから臨床研究をやろうとする人に読んでもらいたいと思います。また,教育は早いに越したことはないので,学生レベルから少しでも臨床研究について知っておいてもらえたらさらによいと思います。臨床研究は国家試験に出ないので,現時点で学生はあまり興味がないかもしれません。しかし,医師,薬剤師,看護師など医療職の大学教育課程を出たあと,臨床現場の作業だけという人は少なく,将来的には,なんらかのかたちで臨床研究—患者さんの情報を使った研究を行うわけです。患者さんの情報を扱うのは,臨床試験だけでなく観察研究もあるし,自分の患者さんの情報を集めるのも研究です。ほとんどの方はそれにかかわるわけですから,学生のうちから臨床研究の基本,雰囲気的を少しでも知っておくと,実際に経験するときにスムーズに入れるでしょうね。

小出 医学6年,薬学6年,看護4年,その期間で学べることは限られています。基本を学んで,卒業してから実践で覚えていくということのほうが多いわけです。臨床研究も同じで,こういう本で基本を学んで,実践にうまくつなげてほしいと思います。そういう意味では学生に限らず,先ほど申し上げたe- ラーニングの受講対象者,医師,CRC(薬剤師,看護師,検査技師など),データマネージャー,IRB(倫理審査委員会)メンバー,生物統計家,事務局の方々にも,臨床研究にかかわる最初の一歩として,いろはを学んでいただければと思います。

山崎 そうですね。加えて,臨床研究データを医師に届ける役目を担っている製薬企業MRの方々にも,研究評価の基本とNGを確認しておいていただきたいと思いますね。

日本は,本当は臨床研究が上手な国なのだと思っています。いま,日本の治験は世界的に信頼されています。以前はかなりいい加減だといわれていたのですが,新GCPが施行されてからの日本の治験の進歩たるやすばらしいものがあります。世界的にもいちばん品質が高いと—厳しすぎるとも言われていますが,評価されているのです。本来,日本はチームプレーもうまいし,ルールが決められればきちんと作業をこなすことが得意なはずです。その点では,治験よりも自主臨床研究のほうがむずかしいといえます。自主臨床研究は,自由裁量がある分だけ品質を担保するのがむずかしい。それをだれでもできると思っていたのがこれまでの誤りで,今後,これまでの反省をふまえ,教育を充実させていけば,臨床研究大国になる可能性を十分秘めていると思います。

(Therapeutic Research 2015年4月号掲載)

本:全体像がひと晩でわかる!臨床研究いろはにほ 全体像がひと晩でわかる!臨床研究いろはにほ
編著 山崎 力(東京大学臨床研究支援センター)
小出大介(東京大学大学院臨床疫学研究システム学)
臨床研究の全体像をつかむための入門書。臨床研究の実施面と統計学的視点がバランスよく配合された一冊。
  • 2015 年4月施行の「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に対応。巻末に全文収載
  • 経験者には,「いろは」からもう2 歩(にほ)踏みこんだ解説が参考になる
ライフサイエンス出版刊 ISBN 978-4-89775-336-2
A5 判 120 頁 定価(2,600 円+税)

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