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[TOPICS] 第149回日本医学会シンポジウム
2016年6月16日・東京
医学用語を考える—医療者・市民双方の視点から—

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 2016年6月16日,東京・日本医師会館大講堂において,第149回日本医学会シンポジウム「医学用語を考える—医療者・市民双方の視点から—」が開催された。同シンポジウムは日本医師会生涯教育制度のカリキュラムのひとつであるが,今回特筆すべきは医師会会員以外の一般市民が初めて参加したことである。

 一般市民の参加はテーマに医学用語が選ばれた理由にも関連し,日本医学会長の髙久史麿氏は開会の挨拶で,厚生労働省が推進する地域包括ケアシステムにおける用語統一の必要性をあげている。地域包括ケアのチームには,医療者間のみならず,介護関係者や一般市民との連携が不可欠になっているからである。序論では,日本医学会医学用語管理委員会委員の田中牧郎氏(明治大学国際日本学部教授)が,2011年の日本医学会総会ですでに医学用語をテーマにした第28回日本医学会総会市民公開シンポジウム「ことばが変える日本の医療~市民とともに医学用語を考える」の開催を予定していたこと(東日本大震災のため中止)を報告した。プログラムは,Ⅰ.医師・医学者の視点から,Ⅱ.患者・マスコミ・言語学者の視点から,Ⅲ.わかりやすくする試みの3つに分けられ,総合討論が行われた。抄録は日本医師会のサイトを参照。(http://jams.med.or.jp/symposium/pdf_abstract149.pdf

Ⅰ.医師・医学者の視点から

 日本医学会医学用語管理委員会委員長の脊山洋右氏(医学中央雑誌刊行会理事長)は,「医学用語は誰のもの」と題して講演した。医学用語が,医療者間の意思疎通のために使用される専門性の高い学術用語であるとし,江戸時代末期にオランダ語を翻訳した経緯など,その歴史が紹介された。これまで,日本医学会の医学用語管理委員会や123分科会の用語委員会では,同一概念に対する異なった用語の整合性を図る作業をおもに行ってきたが,インフォームドコンセントの概念が導入されたことなどを受け,今後は患者にとって理解しやすい用語への対応・配慮も重要な課題のひとつとなったと述べた。

 日本医学会医学用語管理委員会委員の森内浩幸氏(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科小児科教授)は,「子どもでもわかる説明,親も子どもも傷つかない表現を目指して」というテーマで,小児科医の立場から講演した。子どもの語彙力への配慮の必要性を強調し,いわゆる「差別用語」を,①蒙古症など,侮蔑の意味が含まれているもの,②動物の名称が含まれているもの,③歴史的人物や,物語の登場人物に由来するもの,④そのほか,に分けて,問題を提起した。日本小児科学会は現在,用語ワーキンググループを組織して「奇形」という用語の言い換えを検討中で,バランスのとれた着地点を目指している。

Ⅱ.患者・マスコミ・言語学者の視点から

 ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会(Voluntary Healthcare Organization Net:VHO-net)事務局の喜島智香子氏(ファイザー株式会社コミュニティー・リレーション・チーム部長)は,「医学用語について思うこと—患者の声」というテーマで講演した。VHO-netは,疾病や障がいの違い,立場の違いを越え,ヘルスケア関連団体(患者団体,障がい者団体,その他ヘルスケアに関係する団体)のリーダーたちが連携することを目指し2001年に組織されたもので,年1回のワークショップ開催から始めた。医学用語についても検討を行い,その成果は『患者と作る医学の教科書』(日総研出版,2009年)に集約された。VHO-netには約100団体,300人弱が所属しており,医学用語の難解さや理解のギャップをうめる活動の必要性を強調し,医療者に対してきめ細かな説明を求めた。

 日本新聞協会用語懇談会委員の関根健一氏(読売新聞東京本社紙面審査委員会専任部長〔用語担当〕)は,「伝わらない理由,伝える工夫」と題して,新聞記事がいかに専門用語を使わずに適切な内容を伝えられるか,日々奮闘していることを述べた。つまり,「仲間うちの言葉」から「広場の言葉」へと転換している。用語のわかりにくさには,内容自体は平易であるが表現がわかりにくいもの,表現にかかわらず内容が複雑で難解なものの2つがあり,さらに伝わらない原因のひとつとして,表現への反発,受け入れたくないという感情をあげた。それらも無視できないため,名称の変更が良い効果をもたらす可能性もあるが,一方で使いなれた用語の変更にとまどいを覚える人もいるので,名称の変更はドラスティックに行ってほしいと要望した。専門家と非専門家の橋渡しが新聞の役割であると考えている。

 早稲田大学社会科学総合学術院教授の笹原宏之氏は,「医学用語の難しさ—漢字・日本語研究者及び患者の視点から—」というテーマで講演した。学術用語集には,腺や膵など常用漢字に含まれない文字が約2100文字存在し,常用漢字に含まれていても通常とは異なる読み方をするものがあることを示した。さらに,コンピューターや電子カルテで容易に入力できないものもある。医療者は,一般市民からみた用語の難解さを理解し,用語の平易化,普及活動を推進するとともに,患者とのコミュニケーションを円滑にする必要があると述べた。

Ⅲ.わかりやすくする試み

 元文教大学大学院教授の遠藤織枝氏は,「介護のことば—“利用者中心”のわかりやすさをめざして—」というタイトルのもと,person-centered care,つまり,利用者中心の介護を標榜するのであれば,「褥瘡」を「とこずれ」に,「ケアプラン」を「介護計画」に変更するなど,医学用語を利用者にわかりやすく言い換えてほしいと要望した。また,介護の分野では,経済連携協定(EPA)により外国人の介護人養成プログラムが開始されており,用語のわかりやすさには外国人スタッフも念頭におく必要のあることが強調された。さらに,用語の言い換えに限らず,外国から新理念や新規の介護技術の導入も予想されることから,国際化を視野にいれた「利用者中心」の医学用語が重要になると述べた。用語の問題は国際交流にもつながっている。

 田中氏は,「医療のことばをわかりやすくするには」というタイトルで,国立国語研究所に設置された「病院の言葉」委員会が2009年に行った「病院の言葉を分かりやすくする提案」(http://pj.ninjal.ac.jp/byoin/)を紹介した。提案には,わかりにくさに応じた3つの対応が類型化されている。類型Aは患者がよく知っている日常語に置き換える,類型Bは患者の理解が不確かな用語を明瞭に説明する,類型Cは重要で新しい概念は普及を図る,である。さらに,これらの類型に入らない問題があることも示された。患者に伝わらないという医師の経験には,用語そのものに備わる問題と,医療に特徴的なコミュニケーションの問題との2つがかかわっているという。前者は類型により対応できるが,後者はコミュニケーションの困難さであり,医療には難しさや不確実さが避けられないこと,患者は不安や期待を強くもっていること,説明者に配慮ある表現が求められることなどが問題を複雑化している。これらの解決には学際的な研究が不可欠であると述べ,「医療者と市民の議論はいま始まったばかりである」と結んだ。

総合討論

 総合討論は,脊山氏,森内氏,田中氏が司会を務め,講演者全員が登壇した。「心臓が大きい」「白い影」といったわかりやすい言葉では真意が伝わらない(田中氏),たとえば「文語」を「むかしの言葉」と言い換えたが,それでは何も伝わらなかった(関根氏)など,簡単な言葉は意味の範囲が広いため,患者にはより詳細な説明が必要になることが述べられた。また,田中氏は,わかりやすさのレベルとして「中学生」を選び,説明時には否定文を使用しない,主語を明確にするなどの留意点を示した。新聞が常用漢字に限っているのは,中学校までに習うからである(関根氏)。一方,患者側も医療者の説明を理解しようと勉強して説明を受けとめる力が必要な時代である(喜島氏),インターネット検索ではあいまい検索が可能になり,問題はどれが正しいかを選択することである(脊山氏),学問分野がある以上,学術用語が存在しても当然で,命にかかわる状況では患者側にも知識が必要である(笹原氏)との発言もあった。笹原氏は,問題の解決にはコミュニケーションの成立が必要で,今後もこのような会合を継続する必要があるとし,田中氏は,言葉,コミュニケーションの問題はだれもが発言でき関係していることなので,今後の議論が重要であると述べた。

 日本医学会副会長の清水孝雄氏は,同シンポジウムが医学・医療の進歩において,医療者と患者がともに手を携えていく大きな一歩となったと,閉会の挨拶を締めくくった。

(Therapeutic Research 2016年7月号掲載予定)

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