山下静也氏 |
7月18日(火),東京・大手町でMSD株式会社による脂質異常症メディアセミナー「LDLコレステロール値はなぜ下げるべきか」が開催され,日本動脈硬化学会理事長の山下静也氏(地方独立行政法人りんくう総合医療センター)が, LDLコレステロールをめぐる最近の議論と,6月末に発表されたばかりの『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版』のおもな改訂内容について解説した。
わが国の急性心筋梗塞発症率は近年,増加傾向にあり1),高血圧や糖尿病とともにその重要な危険因子である脂質異常症2,3)への対策が急務となっている。
これまでに行われた大規模臨床試験のメタ解析から,スタチン投与例のLDLコレステロール(LDL-C)値低下による心血管イベントの有意な抑制効果が示されている4)。さらに,スタチン投与期間中のLDL-C値や,スタチン投与により到達したLDL-C値が低いほど冠動脈イベント発症率が低い,すなわち「the lower,the better」であることも報告され4-7),この傾向はとくに二次予防例や糖尿病例で顕著であった5,8)。具体的な到達値については,最近報告されたIMPROVE-IT試験9)も参考になるかもしれない。急性冠症候群発症後の患者において,ベースラインから1年後のLDL-C値はエゼチミブ+シンバスタチン併用投与群53.2mg/dL,シンバスタチン単独投与群69.9mg/dLであり,前者では後者に比した有意な心血管イベント発生率の低下がみられたという結果は,臨床に大きなインパクトをもって迎えられた。
よく,脂質低下薬による「下げすぎ」の是非が話題に上る。一般住民を対象としたNIPPON DATA80での検討10)では,総コレステロール値<160mg/dLにおける有意な総死亡リスク増加(vs. 160~180mg/dL)が認められたものの,肝疾患死亡や追跡開始後5年以内の癌死亡を除外すると有意差は消失。いわゆる因果の逆転*が生じていたと考えられた。LDL-Cについては,胎児では10~20mg/dL程度であることや,前駆蛋白転換酵素サブチリシン/ケキシン9型(PCSK9)遺伝子の機能欠失型変異をもつ人が10mg/dL台と著明な低値を呈していても健康に支障はないことなどから,新しい脂質低下薬であるPCSK9阻害薬の投与によって10mg/dL台にまで下がっても,大きな問題はないと考えられる。ただし,通常量のスタチン投与下で極端な低下がみられる例では,背景に癌などの疾患が隠れている可能性があり,注意を要する。
また,これまでにスタチン治療と発癌リスクとの関連が指摘されていたが,スタチンの大規模臨床試験のメタ解析結果をみると,LDL-C値の1SD(38.7mg/dL)低下と癌死亡リスク増加との有意な関連は認められなかった4)。
一方,16道県の調査でLDL-C管理目標値の達成率をみると,冠動脈疾患既往(二次予防)例,および糖尿病例でそれぞれ24~35%,50~60%程度であった11)ことから,現在の課題はむしろ,治療率や目標値達成率を改善していくことのほうにありそうだ。
* 疫学研究において,原因と結果を逆にして解釈してしまうこと。NIPPON DATA80の報告については,総コレステロール低値そのものではなく,低値となった背景(肝疾患,癌など)が高い死亡率に関連していたと考えられる。
6月30日に,5年ぶりの改訂を経て『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版』(以降,2017年版)が刊行された。おもな改訂内容は以下のとおりである。
(1)システマティック・レビューおよびクリニカル・クエスチョン(CQ)の導入
エビデンスによる裏付けがとくに重要視される,動脈硬化性疾患の危険因子としての脂質異常症(第3章)や絶対リスク,脂質管理目標値,食事療法および薬物療法の項目(第4章)で採用された変更。たとえば危険因子としてのLDL-Cについては,CQ「LDLコレステロールは日本人の動脈硬化性疾患の発症・死亡を予測するか?」に対し,「将来の冠動脈疾患の発症や死亡を予測する」「脳梗塞に対しては正の,出血性脳卒中に対しては負の関連が示されているが,日本人において十分なエビデンスがあるとは言えない」(エビデンスレベルE-1b)としている。
(2)絶対リスク評価ツールの変更
動脈硬化性疾患の包括的リスク管理(第4章)における「冠動脈疾患の一次予防を目的としたLDL-C管理目標値設定のためのフローチャート」では,『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版』(以降,2012年版)と同様に,絶対リスク評価を用いて管理区分を決定する。絶対リスク評価ツールとしては,2012年版のNIPPON DATA80のリスクチャートに代わって,吹田スコアが採用された。その理由として,脳血管疾患を含まない冠動脈疾患をエンドポイントとしていること,死亡率ではなく発症率を評価していること,また脂質の指標としてHDLコレステロール(HDL-C)とLDL-Cの両方を評価していることなどが挙げられる。絶対リスク評価ツールが変わっても,リスク分類結果(低/中/高リスク)に大きな食い違いが生じないことはすでに確認されている。なお,簡便・迅速な管理目標値設定のために,危険因子の保有数のみで評価する簡易版フローチャートや,スマートフォンなどで利用できる冠動脈疾患発症予測アプリ(http://www.j-athero.org/publications/gl2017_app.html)も公開されている。
(3)高リスク状態の追加
動脈硬化性疾患の包括的リスク評価(第3章)における「危険因子」として,脂質異常症,喫煙,高血圧や糖尿病などのほかに,「末梢動脈疾患」として腹部大動脈瘤および腎動脈狭窄が,また「その他の考慮すべき疾患」として高尿酸血症および睡眠時無呼吸症候群が追加された。
(4)LDL-C管理目標値
薬物療法の項目(第4章)で示されたLDL-C管理目標値そのものには,2012年版からの変更はない。ただし,100mg/dL未満とされた冠動脈疾患既往(二次予防)例のうち,「より厳格な管理が必要な患者病態」として挙げられている家族性高コレステロール血症(familial hypercholesterolemia: FH)例,急性冠症候群例および糖尿病例のうち他の高リスク病態(非心原性脳梗塞,末梢動脈疾患,慢性腎臓病,メタボリックシンドローム,主要危険因子の重複,喫煙)を合併している場合については,70mg/dL未満とさらに厳格な値が推奨された。
目標値達成に向けて注目されるPCSK9阻害薬については,「適応と有効性は確立されているが,長期投与に関する安全性はまだ確立されていない」と記載。そのほかにも,フィブラート系薬剤としてペマフィブラート,ミクロソームトリグリセライド転送蛋白(MTP)阻害薬としてロミタピドの記載が加わった。
なおLDL-Cの測定法については,直接法の試薬の性能が改善し,日常診療の範囲で妥当性が確認されたことから「Friedewald式で算出するが,直接法での測定も許容される」との記載となった。ただし,診断基準や管理目標値の根拠となっている過去の研究のほとんどがFriedewald式を用いていることには留意すべきである。
(5)FH
FHは頻度の高い遺伝性疾患だが,わが国では遺伝子解析による診断率が依然として1%未満にとどまる12)。2017年版ではFHに関する記載を大幅に拡充し,成人FHヘテロ接合とホモ接合体の診断・治療,ならびに小児FHヘテロ接合体の診断・治療のフローチャートが示された。とくにホモ接合体の場合は,かならず専門医に相談のうえ,スタチンのみならず,新しい作用機序を有するPCSK9阻害薬やMTP阻害薬も含めた適切な管理を行うことが推奨された。
(THERAPEUTIC RESEARCH 2017年8月号にも紹介記事を掲載します)
文 献