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[Information] 日本動脈硬化学会プレスセミナー(2018 年7月5日・東京)
動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2018年版刊行
荒井秀典氏
荒井秀典氏

 日本動脈硬化学会では2017年に動脈硬化性疾患予防ガイドラインを改訂した。これに伴い,2018年6月に発刊された『動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2018年版』について,診療ガイド編集委員長の荒井秀典氏による主なポイントの解説を紹介する。

荒井秀典 Hidenori Arai
国立長寿医療研究センター 病院長
(日本動脈硬化学会副理事長・診療ガイド編集委員長)

脂質異常症診療ガイド2018年版の目的と特徴

 脂質異常症などの治療は生活習慣の改善から始まるため,管理栄養士・栄養士,保健師などのメディカルスタッフとの連携がきわめて重要である。そのため,『動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2018年版』(以下,診療ガイド2018)はこれまでと同様に実地医家等の臨床医からメディカルスタッフまでを対象としている(表1)

 診療ガイド2018は,エビデンスに基づいた記載としているが,ポイントを箇条書きにして簡潔に作成されている。LDL-C高値の場合には,家族性高コレステロール血症(FH)のような冠動脈疾患発症リスクの高い遺伝疾患を鑑別することを強調している。最終章のQ&Aでは,従来のものに加えて,これまでの啓発活動でいただいた代表的な質問を追加し,47個に増やした。

 このように診療ガイド2018は,脂質異常症の診療に必須の知識を理解するために,簡潔で実用的なガイドとなっている。

表1 脂質異常診療ガイド2018年版発刊の目的と特徴

  • ガイドラインの翌年に脂質異常症の治療の項目を中心にまとめたものをガイドとして発行してきたことから,2017年のガイドライン改定に伴い,脂質異常症診療ガイド2018年版を発刊
  • 脂質異常症の治療は生活習慣の改善から始まるため,管理栄養士・栄養士,保健師などのメディカルスタッフの方との連携がきわめて重要
  • 本書の対象はこれまで通り実地医家等の臨床医から管理栄養士・栄養士,保健師などのメディカルスタッフ
  • LDL-C高値の場合には家族性高コレステロール血症のような冠動脈疾患発症リスクの高い遺伝疾患を鑑別
  • Q&Aについては従来のものに加えて,47個に増加
  • 「動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2018年版」は脂質異常症患者の診療に必須の知識を理解するための簡潔で実用的ガイド

動脈硬化性疾患予防のための包括的管理

 1章で動脈硬化を概説し,2章では動脈硬化性疾患予防のための包括的管理の必要性を強調した。動脈硬化性疾患を予防するには,早期から脂質異常症に加え,メタボリックシンドローム,喫煙,高血圧,糖尿病,腎性腎臓病(CKD),高尿酸血症等の包括的管理を行うべきである。動脈硬化性疾患予防の基本は生活習慣の改善であり,薬物療法開始後も継続するべきである。

 包括的リスク評価・管理は,2015年に発表された「脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャート」(日内会誌104:824 -64)を基に診療ガイド2018の他章との整合性を図り,Step1~Step6から構成されている。Step1aでは,スクリーニングで問診,身体所見,基本検査項目を測定し,1bで専門医などへの紹介の必要性を判断する。Step2で各危険因子の診断と追加評価項目を測定し,Step3で治療開始前に危険因子を評価する。続いて,Step4で危険因子と個々の病態に応じた管理目標を設定し,Step5で生活習慣の改善を図り,それでも改善しない場合はStep6として薬物療法を開始する。

動脈硬化の臨床診断法

 3章では,動脈硬化を非侵襲的に評価する方法として,形態学的検査法と血管機能検査法を記載している。形態学的検査法には超音波検査(頸動脈,大動脈,下肢動脈,腎動脈など),CT,MRI・MRA,血管造影検査など,血管機能検査法としてはABI・TBI,baPWV,CAVI,血管内皮機能検査などが用いられる。

脂質異常症治療の意義,アセスメント

 4章に脂質異常症治療の意義,5章にそのアセスメントが解説されている。高LDL-C血症では,酸化などにより変性したLDL由来のコレステロールが血管壁に蓄積して粥状動脈硬化を発症・進展させる。一方,HDLは血管壁に蓄積した過剰なコレステロールを取り出し,肝臓に逆転送するため,粥状動脈硬化を抑制する作用をもつ。動脈硬化性疾患の危険因子である脂質異常症を治療することはきわめて重要である。

 また,TG値が500mg/dL以上の著明な高TG血症になると,急性膵炎のリスクが高まる。診療ガイド2018では,このような動脈硬化性疾患以外の疾患にも言及していることが『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版』(以下,ガイドライン2017)と異なる点である。

 脂質異常症は基本的に無症状であり,身体所見に乏しい所見であるが,黄色腫は数少ない身体所見の一つであり,確定診断に結びつく場合もある。特にFHではアキレス腱肥厚の頻度が比較的高く,その診断的価値は高い。

脂質異常症の診断基準と手順

 6章には,脂質異常症の診断基準は動脈硬化発症リスクを判断するためのスクリーニング値であり,治療開始のための基準値ではないことを明記した。診断基準値(空腹時採血)は,LDL-Cが140mg/dL以上を高LDL-C血症,HDL-C40mg/dL未満を低HDL-C血症,TG150mg/dL以上を高TG血症,non-HDL-C170mg/dL以上を高non-HDL-C血症とした。LDL-CはFriedewald式あるいは直接法で求めるが,TGが400mg/dL以上あるいは食後採血の場合はnon-HDL-CかLDL-C直接法を使用する。

 脂質異常症を診断した後,原発性脂質異常症か,続発性脂質異常症かを鑑別診断し,治療方針を決定する。

脂質異常症の管理目標値

 8章では,個々の絶対リスクの評価に基づく脂質異常症の管理目標値をまとめた。個々の患者の背景(性別,年齢区分,危険因子の数,程度)は大きく異なる。動脈硬化性疾患の発症リスクの高い者には積極的な治療を行い,リスクの低い者には必要以上の治療を行わないためにも,個々の絶対リスクを評価し,それに対応した脂質目標値を定めることが重要である。

 冠動脈疾患予防からみたLDL-C管理目標設定フローチャートでは,冠動脈疾患の既往がない場合,糖尿病,CKD,非心原性脳梗塞,末梢動脈疾患(PAD)がなければ,危険因子のカウントによる簡易版のリスク評価を行う(40~74歳)。あるいは吹田スコアによる冠動脈疾患発症予測モデルを用いたリスク評価を行う(35~74歳)。

 簡易版のリスク評価では喫煙,高血圧,低HDL-C血症,耐糖能異常,早発性冠動脈疾患家族歴の5つの危険因子をカウントし,それを性別,年齢別で区分された低,中,高リスクに分類する。

 一方,吹田スコアによるリスク評価では,吹田スコアによる各危険因子の得点を合計する。その合計得点を冠動脈疾患発症予測モデルを用いたリスク評価に照らし合わせて,低,中,高リスクの管理区分に分類する。

 リスク管理区分の分類に基づいて脂質の管理目標値が設定される。一次予防ではLDL-Cの管理目標値は,低リスクで160mg/dL未満,中リスクで140mg/dL未満,高リスクで120mg/dL未満である。ただし,二次予防対象者で,FHや急性冠症候群,糖尿病で高リスク病態を合併する場合は,70mg/dL未満を目標値とする。

 non-HDL-Cの管理目標値は,それぞれのLDL-Cの管理目標値に30mg/dLを加えた値としている。リスク管理区分にかかわらずTGは150mg/dL未満,HDL-Cは40mg/dL以上である。

 管理目標値の設定を簡易に求められるように,医療従事者向けに「冠動脈疾患発症予測アプリWeb版」,一般向けには冠動脈疾患発症予測ツール「これりすくん」で評価できるようになっている(図1)。

図1 管理目標値の設定

●冠動脈疾患発症予測アプリ(医療従事者向け)
mark 冠動脈疾患発症予測アプリ Web版
http://www.j-athero.org/publications/gl2017_app.html
●冠動脈疾患発症予測ツール これりすくん(一般向け)

図

脂質異常症の治療

 9章の脂質異常症治療の管理チャートでは,はじめに続発性に脂質異常症をきたしうる原疾患の有無を確認し,原疾患があれば,その治療を行う。それ以外の脂質異常症は個々のリスクを評価して治療方針を決定する。冠動脈疾患のある症例では,二次予防として生活習慣の改善と薬物療法を行い,内臓肥満がある場合は体重の3%減量を目標にする。一次予防では,禁煙,食事療法,運動療法など生活習慣の改善を行い,それでも血清脂質値が管理目標値に達しない場合は薬物療法を考慮する。

 食事療法では,食品別に具体的な摂取量および目安を記載した。飽和脂肪酸とコレステロールの摂取をできるだけ少なく,n-3 系多価不飽和脂肪酸の摂取を多くする。日本食パターンの食事(The Japan Diet)は動脈硬化性疾患の予防に有効であり,献立例を写真でも示している。

 運動療法については,身体活動量が多いほど死亡リスクは減少することから,中等度以上の有酸素運動をメインに,定期的に(毎日合計30分以上を目標に)行うことが推奨されている。

 薬物療法はガイドライン2017とほぼ同様であるが,診療ガイド2018では,前述したようにTG 500mg/dL以上の場合,急性膵炎の発症リスクが高いため,食事療法と運動療法を考慮することを記載した。また,脂質異常症治療薬に選択的PPARαモジュレーターを追加した。

 14章 高齢者,15章 女性,16章 小児の治療はガイドライン2017と同様である。

 診療ガイド2018は,脂質異常症患者の診療について簡潔にまとめているので,実地臨床に役立つとともに啓発活動の推進につながることを望んでいる。

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