梶波康二氏 |
わが国で発見されたスタチンは,血中LDLコレステロール(LDL-C)を低下させることで動脈硬化性心血管疾患の発症予防に有用な薬剤である。しかし,スタチンの治療が必要にもかかわらず,スタチン服用困難(不耐)例が存在する。日本動脈硬化学会はその実態を調査し,適切なLDL-C低下療法の実践を目的に,日本肝臓学会,日本神経学会,日本薬物動態学会と合同でスタチン不耐についての診療指針を作成した。
梶波康二 Kouji Kajinami
金沢医科大学循環器内科学
(日本動脈硬化学会理事/スタチン不耐調査ワーキンググループ委員長)
スタチンについては,Cholesterol Treatment Trialists'(CTT)Collaborationのメタ解析による動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)予防の有用性1)や,20 年の追跡調査で5 年間のスタチン服用が心血管疾患(CVD)の死亡率を低下させる2)ことが報告されている。
日本人の患者を対象とした研究でも,スタチンの心血管イベント低下作用が示されており3),日本におけるスタチン服用患者数は,2014 年の厚生労働省のデータから算出すると700万人と推定される4)。
このように有用で広く使用されているスタチンであるが,1 回のみで服用を中断する例はまれではない。実臨床におけるスタチン服用3年後の継続率は,一次予防の患者で40%未満,二次予防の患者でも45%のみであることが報告されている5)。わが国においてもレセプト情報データベースの解析では,スタチン開始12 ヵ月時の継続服用率はストロングスタチンが必要とされる人ほど低い(40%未満)という現状であった6)。
スタチンを継続的に服用することで,服用を中断した場合に比べ,一次予防および二次予防での死亡率を45%低下させることから7),スタチンの服用が継続できない理由を把握し,対策を立てることが重要な課題である。
スタチン服用継続困難な「スタチン不耐」には,ある種のスタチンのある投与量の服用が継続できない“部分不耐”と,すべてのスタチンのあらゆる投与量の服用が継続できない“完全不耐”に分類される8)。
わが国のメディカルデータセンターのデータベースの分析では,スタチン不耐の可能性がある患者は,ASCVDコホートで10.0%,糖尿病コホートで8.2%であった9)。
スタチン服用に伴う有害事象としてエビデンスが明らかなものは,主に筋障害と肝酵素の上昇である8)。
またスタチンには,患者があらかじめ副作用として筋症状があると認識していると,偽薬の服用でも筋症状の副作用が発現する"ノセボ(nocebo:反偽薬)効果"があることが知られている。2 種類以上のスタチンで筋症状が現れた症例のみが登録された試験において,スタチンは服用せずプラセボのみを服用したにもかかわらず,約30%に筋症状が認められている10)。したがって,筋症状の発現にはノセボ効果があることを考慮する必要がある。
欧州ではスタチン関連筋障害の管理指針11)が発表されているが,日本人のスタチンの有効投与量は欧米人より少なく,筋障害の背景となる遺伝素因には人種差がある。国立医薬品食品衛生研究所(NIHS)の症例集積システムによる副作用報告から,日本人のスタチンによる筋障害症例の遺伝的背景を調べたところ12),欧米とは異なるアジア人特異的なHLA遺伝子の関連が明らかとなった。
そこで,スタチン不耐調査ワーキンググループ(WG)は,スタチンが必要にもかかわらずスタチンの継続服用ができない日本人の患者にLDL -C低下療法を行うため,欧米の状況や日本人と欧米人の違いを考慮して「スタチン不耐に関する診療指針2018(http://www.j-athero.org/publications/pdf/statin_intolerance_2018.pdf)」を作成した。
診療指針では,スタチン投与時の有害事象に対するアプローチを,フローチャートで確認する。まずステップ1でスタチン開始4週後に,主な有害事象である肝機能障害や筋障害の状況を評価し,障害がみられる場合はステップ2 に進み,それぞれ,肝機能に関する検査値や筋症状の程度による重症度分類に従って診療を行う。ステップ2 における注意点として,筋障害の評価ではCK(クレアチンキナーゼ)値の上昇と筋症状の両者で重症度を評価すること,肝機能障害の評価では,肝機能障害をきたしうる合併症や併用薬の確認を行うことがあげられる。
フローチャートを用いることにより,スタチン不耐について実臨床の情報を集めてわが国のスタチン不耐の実態を把握し,今後の対策を立てていきたい。
スタチン不耐については,これまでに治験等のデータを元にした論文が報告されているが,頻度や理由について結論を導くまでのエビデンスは少ない。WGではスタチン不耐を克服するため,医薬品医療機器総合機構(PMDA)に申請し,日本におけるスタチンに関する有害事象として報告された症例を分析し,後ろ向きに検討している。また,フローチャートに基づいて診断されたスタチン不耐を前向きに登録するシステムを確立したいと考えている。さらに,NIHS主導で,スタチン服用困難の主因である筋障害のメカニズムについても探求していく予定である。
文 献
< 2024.3.01 >
〔最新号紹介〕
THERAPEUTIC RESEARCH vol.45 no.2 2024
< 2024.1.30 >
〔最新号紹介〕
THERAPEUTIC RESEARCH vol.45 no.1 2024
< 2024.1.30 >
〔トピックス〕
Evaluation of safety and clinical outcomes of FF/UMEC/VI therapy in patients with asthma in Japan: interim analysis of general drug use investigation(2024年1月号) [オープンアクセス]
< 2024.1.30 >
〔トピックス〕
わが国におけるパリビズマブの貢献─上市から約20 年を経て─(2024年1月号) [オープンアクセス]