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[TOPICS] 高血圧治療ガイドライン2019出版記者発表会(2019年4月19日・東京)
高血圧治療ガイドライン2019,高血圧基準は変更せず,降圧目標引き下げ
高血圧治療ガイドライン2019

 5年ぶりに改訂された高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)では,成人(75歳未満)の高血圧基準はJSH2014と変わらず140/90 mmHg以上(診察室血圧)とされたが,降圧目標は130/80 mmHg未満と低く設定された。脳心血管病予防という観点から,早期からの生活習慣修正/非薬物療法による降圧が重視されている。JSH2019刊行に先立ち都内で開催された日本高血圧学会の記者発表会の概要を紹介する。

日本高血圧学会の活動

伊藤 裕
日本高血圧学会 理事長/慶應義塾大学医学部 腎臓内分泌代謝内科 教授

日本高血圧学会みらい医療計画(JSH Future Plan)
—高血圧制圧に向けた新たな挑戦

 現在,わが国の高血圧者数は4300万人に及んでいるが,そのうち正しく治療されているのは約1200万人と3割にも満たないと推定されている。日本高血圧学会では,この事実に真摯に向き合い,2018年に日本高血圧学会みらい医療計画(JSH Future Plan)を発表した。「良い血圧で健やか100年人生~Good Blood Pressure for Lively 100 Years~」をスローガンとし,「高血圧の国民を10年間で700万人減らし,健康寿命を延ばす」ために3つの柱を掲げた。

 ①医療システム:生涯にわたる高血圧診療システム(ライフタイムケア)の構築
 ②学術研究:高血圧研究の推進と「みらい医療」の実現
 ③社会啓発:国民が血圧管理に自ら取り組む社会づくり

 高血圧は,単に血圧が高い病態ではなく,慢性腎臓病(CKD),脳血管障害,心不全,認知症,癌なども含めた非感染性疾患(Non-Communicable Diseases:NCD)の中心病態と捉えるべきで,それを制圧することが健康寿命の延伸に貢献できると考えられる。

 高血圧の制圧には,①ゲノム解析などの各種オミックス解析技術,IT・デバイス・ロボット技術,AI・ビッグデータを用いて個別医療を徹底化した高血圧のPrecision Medicine(精密医療)の実現,②Population Health Management(PHM:集団健康管理)からの高血圧への取り組みが必要である。PHMでは,チーム医療が重要であるとともに,国や地方自治体を含め社会全体に目を向けて行動することが求められる。

 JSH Future Plan実現のために次のようなタスクフォースを立ち上げ,高血圧の制圧に向けて取り組んでいる。

 タスクフォースA「医療システム」:高血圧とその合併症(心不全など)対策の積極推進と他学会との連携強化

 タスクフォースB「学術研究」:AI時代の血圧の新しい捉え方と高血圧ビッグデータサイエンスの開拓

 タスクフォースC「社会啓発」:高血圧が制圧されたモデルタウンの構築

高血圧治療ガイドライン2019刊行

 今回改訂された高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)では,数多くのエビデンスの解析とその評価が行われ,降圧目標値がこれまでのガイドラインより低く設定されている。多くの国民が自らの病態を早い段階で知り,積極的に自らが生活習慣の修正を行うこと,また医療人も適切に介入することを目指す。さらに,個別医療として個人の事情を配慮した内容を盛り込み,とくに後期高齢者では個々の状況を勘案した慎重な降圧の考え方が示されている。

JSH2019改訂のポイント

平和伸仁
JSH2019作成委員会 事務局長/
横浜市立大学附属市民総合医療センター腎臓・高血圧内科部長,准教授

JSH2019の目的と利用対象

 高血圧は,実地医家が日常診療でもっとも高頻度に遭遇する疾患である。JSH2019では,血圧管理により脳心腎などの高血圧合併症の発症を予防し進展を抑制するために,標準的な指針とその根拠を医療者に示すことを目的としている。

 高血圧は高血圧専門医のみで診療することは難しいことから,JSH2019は実地医家向けに作成されているが,薬剤師や保健師,看護師,管理栄養士などのチーム医療関係者・保健行政関係者,さらに2015年から開始された高血圧・循環器病予防療養指導士も利用対象者である。

クリニカル・クエスチョンのシステマティックレビュー実施と推奨文記載

 JSHでは,従来の教科書的記載に加えて,臨床上の課題(クリニカル・クエスチョン:CQ)17項目にシステマティックレビュー(SR)を実施し,その推奨文を記載している。また,SRを行えるほどエビデンスはないが,実地医家が臨床上疑問に思っている9項目をクエスチョン(Q)として提示した。

 CQ1では,家庭血圧を指標とした降圧治療が強く推奨されている。12件のランダム化比較試験(RCT)が抽出され,そのうち家庭血圧と診察室血圧の降圧目標が同一の3件を除外したメタ解析で,家庭血圧を指標とした降圧治療が有用であることが示されている。

 CQ3では,高血圧の治療目標は130/80 mmHgが推奨されている。厳格治療群と通常治療群を比較したRCTのメタ解析により,厳格治療が複合心血管イベントおよび脳卒中イベントのリスクを有意に低下させた。ただ,個別症例では忍容性に注意することも記載されている。

わが国の血圧管理の現状

 国内の10コホート(約7万人)のメタ解析が行われたEPOCH-JAPANで,脳心血管病死亡リスクは120/80 mmHg未満がもっとも低いことが示されている(文献1)。高血圧はわが国における脳心血管病死亡の最大の要因であり,年間に約10万人が高血圧で死亡していると推定されている(文献2)。

 SBPの平均値は年々低下しているが,2016年の高血圧治療率は60代で50%以上,70代で60%以上であり,高血圧管理率(降圧薬服用者のうち140/90 mmHg未満の割合)は男性で約40%,女性で約45%にとどまっている(文献3)。わが国の高血圧有病者の推計数は4300万人で,そのうち血圧管理良好(140/90 mmHg未満)は1200万人(27%)と推計されている。3100万人は140/90 mmHg以上であり,そのうち自らの高血圧を認識していない者は1400万人,認識していても未治療の者が450万人,治療を受けているが管理不良は1250万人と推計されている。

 国民のSBPの分布を低い方向へシフトさせるポピュレーション戦略が必要であり,健康日本21(第2次)では循環器疾患予防のためにSBP 4 mmHgの低下を目標として設定している(文献4)。

JSH2019の新たな血圧分類

 JSH2019では,成人における診察室血圧の分類で,Ⅰ度高血圧以上の高血圧の基準はJSH2014と変わらず140/90 mmHg以上であるが,正常血圧は120/80 mmHg未満に変更し,120~129/80 mmHg未満を正常高値血圧,130~139/80~89 mmHgを高値血圧としている。家庭血圧での高血圧の基準はJSH2014と同様135/85 mmHg以上である。

診察室血圧に基づいた脳心血管病リスク層別化と高血圧管理

 高血圧者の予後には,高血圧だけでなく,それ以外の危険因子や臓器障害の程度,脳心血管病既往が関与する。JALSスコアと久山スコアより得られる絶対リスクを参考にして,予後影響因子(血圧,65歳以上,男性,脂質異常症,喫煙,脳心血管病既往,非弁膜症性心房細動,糖尿病,蛋白尿のあるCKD)の組み合わせにより脳心血管病リスク層別化が行われている。リスクを第一層から第三層に分け,それぞれのリスク層に診察室血圧レベルを加味して,低,中等,高リスクの3群に分類されている。

 初診時の血圧レベル別の高血圧管理では,高値血圧で低・中等リスクの場合は,3ヵ月間の生活習慣の改善/非薬物療法を行い,十分な降圧がなければ生活習慣の改善/非薬物療法をさらに強化する。高値血圧の高リスク,および高血圧の低・中等リスクの場合は,1ヵ月間の生活習慣の改善/非薬物療法を行い,十分な降圧がなければ生活習慣の改善/非薬物療法の強化に加えて薬物療法の開始を考慮する。高血圧の高リスクでは,ただちに薬物療法を開始する。

降圧目標の改訂と薬物治療の強化

 降圧目標(診察室血圧)は,75歳未満の成人,脳血管障害患者(両側頸動脈狭窄や脳主幹動脈閉塞なし),冠動脈疾患患者が130/80 mmHg未満でいずれもJSH2014より低く設定されている。CKD(蛋白尿陽性)患者,糖尿病患者,抗血栓薬服用中はJSH2014と同様130/80 mmHg未満である。

 一方,75歳以上の高齢者は140/90 mmHg未満とJSH2014の150/90 mmHg未満より引き下げられ,脳血管障害患者(両側頸動脈狭窄や脳主幹動脈閉塞あり,または未評価),CKD患者(蛋白尿陰性)はJSH2014と同様140/90 mmHg未満である。

 JSH2019で生活習慣を修正したうえで,薬物治療での降圧強化が新たに推奨されたのは,高値血圧(130~139/80~89 mmHg)で75歳未満の高リスク患者,脳血管障害患者(血管狭窄なし),冠動脈疾患患者のいずれかに該当する場合と,75歳以上でSBP 140~149 mmHgの場合である。

 文  献

  • 1)Fujiyoshi A, et al. Hypertens Res 2012; 35: 974-53.
  • 2)Ikeda N, et al. PLoS Med 2012; 9: e1001160.
  • 3)三浦克之.新旧(1980-2020年)のライフスタイルからみた国民代表集団大規模コホート研究:NIPPON DATA80/90/2010/2020(H30-循環器等-指定-002)平成30年度総括・分担研究報告書.2019.
  • 4)健康日本21(第二次)の推進に関する参考資料(平成24年7月).

高血圧管理の向上に向けた取り組みと今後の展望

伊藤貞嘉
公立刈田綜合病院 特別管理者

 わが国の高血圧に関する大きな問題は,高血圧患者が4300万人と推定され,そのうち1200万人しか血圧が140/90 mmHg未満にコントロールされていないことである。高血圧診療が大きく進歩しているにもかかわらず,高血圧対策がいまだ不十分であり,高血圧パラドックスと呼ばれている。JSH2019では第14章「高血圧管理の向上に向けた取り組みと今後の展望」で,高血圧対策は個々人のレベルのみならず,社会全体で行う必要があることを解説している。

 高血圧対策が不十分な要因として,服薬アドヒアランスの不良,不適切な生活習慣とともに臨床イナーシャ(慣性)があげられている。高血圧の臨床イナーシャには,治療を開始あるいは強化しないで様子をみる治療イナーシャと,難治性・治療抵抗性高血圧の原因を精査しない診断イナーシャが含まれる。臨床イナーシャには,医療提供側,患者側,医療制度の問題など多岐にわたる因子が関与する。

 地域コミュニティの高血圧診療では,患者・家族とかかりつけ医,薬剤師,管理栄養士,保健師が緊密に情報交換を行い,降圧目標とその到達方法を設定・共有し,患者個々の実情に合わせて取組んでいくことが重要である。さらにポピュレーション戦略として行政,マスコミ,産業界,学協会の密接な連携も必要である。

 2018年12月に循環器病対策基本法が公布され,循環器病発症の大きな原因である高血圧への対策が社会全体で推進され,健康寿命の延伸につながることを期待している。

(Therapeutic Research 2019年5月号掲載)

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