松本守雄氏 (日本整形外科学会 理事長) |
日本整形外科学会は9月10日,ロコモティブシンドロームの臨床判断値として新たに「ロコモ度3」を設定したことを発表した。ロコモ度3は運動器が原因の「身体的フレイル」に相当し,整形外科の治療の効果を判定する基準となる。松本守雄理事長(慶應義塾大学医学部整形外科学教室 教授)が,ロコモ度3設定の背景,根拠となった研究結果,ロコモ度3の意義について記者説明会(オンライン開催)で解説した。
運動器関連(骨折・転倒,関節疾患,脊髄損傷)の障害は,わが国の要介護・要支援の最も大きな原因である1)。日本整形外科学会は,2007年に運動器の障害により移動機能の低下をきたした状態を「ロコモティブシンドローム(以下ロコモ)」と提唱し,ロコモを克服して健康寿命の延伸に貢献することを目指している。
日本整形外科学会では,ロコモの早期判断および介入を目的として,2013年にロコモ度テストを発表した。ロコモ度テストは立ち上がりテスト(下肢筋力を調べる),2ステップテスト(歩幅を調べる),ロコモ25(身体の状態・生活状況に関する25の質問)の3つで計測し,その結果によってロコモ度を判定する。2015年には,ロコモ度テストにロコモ度1(移動機能の低下が始まっている状態),ロコモ度2(移動機能の低下が進行している状態)という臨床判断値を策定した。
40歳以上の日本人でロコモ度1以上の該当者は4590万人,ロコモ度2は1380万人と推定されている2)。ロコモ度という判断基準を設定し,それに基づいた対象者数を算出して,ロコモ度ごとの対処法を示すことにより,ロコモ対策では実用性を重視してきた。
ロコモ度3は,立ち上がりテストで「両脚で30cmの台から立ち上がることができない」,2ステップテストで「2ステップ値(2歩幅÷身長)が0.9未満」,ロコモ25で「24点以上」のいずれかを満たすものと設定した(表1)。
ロコモ度3は,移動機能の低下のため社会参加が制限されている状態であり,自立した生活ができなくなるリスクが非常に高くなる。何らかの運動器疾患の治療が必要になっている可能性があるため,整形外科専門医による診療が勧められる。
表1 新しい臨床判断値「ロコモ度3」
(ロコモパンフレット2020年度版より作表)
1 背 景
ロコモの要因として運動器の疾患や痛み,機能の衰えが生じ,それらが複合してロコモ(移動機能低下)になり,社会活動や社会参加が制限され,さらに進行すると要介護に至る。このようなロコモの要因に対して,運動/リハビリテーション,投薬,手術,栄養などで対処してきた。しかし,従来のロコモの対処法では「ロコモがどれくらい進行すれば,投薬や手術などの医療が必要か,それによってロコモがどれくらい改善するのか」について不足していた。医療対策につながるロコモ度3を設定した根拠を提示する。
2 ロコモ25で24点以上
ロコモ25を総得点別に区分して各項目の出現率を調べたところ,区分4(24~32点)以上になると,社会参加の制限を示す項目が50%を超えていた3)。また,腰部脊柱管狭窄症手術患者のほとんどはロコモ25でロコモ度2に該当していた4)。腰部脊柱管狭窄症手術や変形性関節症に対する人工股関節置換術を受けた患者の多くは,術前にロコモ25が24点以上であるが,術後に24点未満への改善がみられた。これらのことから,ロコモ25の総得点が24点以上は手術治療の目安になることが示された。
3 2ステップテストで0.9未満
フレイルの判定基準は,Friedの5項目のうち3項目が該当する場合とされている。この基準にそってフレイルとロコモを比較した研究では,フレイルと判定された,ほぼすべての人がロコモ度1以上に該当し5),ロコモが重度になると身体的フレイルになることが示唆された。
ロコモがどれくらい重度になると身体的フレイルになるのかを調べたところ,身体的フレイルの基準である歩行速度1m(時速3.6km)以下は,2ステップ値で0.86)~1.0に相当すると推測された。ロコモ度3は,機能的にみて身体的フレイルの基準に相当する。
運動器不安定症の運動機能の評価基準は,開眼片脚起立時間が15秒未満か,TUG(3m time up and go test)が11秒以上のいずれかに該当することとされている。運動器不安定症の基準とロコモ度テストを比較した検討では,両脚で30cmの台から立ち上がれなかった人(両脚で30cmの台から立ち上がれず,両脚で40cmの台からは立ち上がることができた人と両脚で40cmの台からも立ち上がれなかった人)のすべてが開眼片脚起立時間が15秒未満であった。また,TUGが11秒以上の多くは2ステップ値が1.0未満であった。ロコモ度3は運動器不安定症のレベルに近いと考えられる。
4 ロコモ度3の臨床的意味
これらの結果から,新しくロコモ度3の基準を設定した。ロコモ度3の該当者は70歳を超えると増加し,40歳以上の日本人のうち約580万人と推測されている5)。ロコモ度3を設定したことにより,ロコモの医療対策の根拠を示すとともに,フレイルの基準との関係から高齢者健診から医療への橋渡しに利用できる。
また,ロコモでない人にも,同年代の基準値と比較して運動器の衰えに気づいたら,生活習慣や運動習慣の行動変容につながることを目的として,ロコモ度テストの性・年代別基準値も発表している。
歩行に他者の介助を必要とせず,運動器疾患の治療中でない20~89歳の地域在住者8681人を対象とした全国調査(2017年8月~2019年3月)で,加齢とともに立ち上がりテスト,2ステップ値の低下,ロコモ25の上昇が認められた7)。
ロコモ度テストの性・年代別基準値が,ドックや健診で高齢者になる前のロコモ対策の指標になることを期待している。
文 献
参 考:
日本整形外科学会 ロコモティブシンドローム予防啓発サイト「ロコモONLINE」
https://locomo-joa.jp/
ロコモパンフレット2020年度版(9月10日公表)
https://locomo-joa.jp/assets/pdf/index_japanese.pdf