座長:磯部光章(榊原記念病院)・木原康樹(神戸市立医療センター中央市民病院)
高齢者を中心に増加する心不全に対して,地域の実地医家や多職種による多面的で包括的な診療・ケアがきわめて重要になっている。最近発表された『地域のかかりつけ医と多職種のための心不全診療ガイドブック』の目的と特徴について,第24回日本心不全学会学術集会研究報告会2(10月17日)で,その作成に携わった加藤真帆人氏(うしお病院循環器内科)が解説した講演を紹介する。
地域のかかりつけ医と多職種のための心不全診療ガイドブック
加藤真帆人 Mahoto Kato
『地域のかかりつけ医と多職種のための心不全診療ガイドブック』 (https://plaza.umin.ac.jp/ isobegroup/download_guide/) |
わが国では急速な高齢化に伴い,高齢心不全患者もパンデミックと呼ばれる状況になりつつある。われわれはこれまで心不全について医学的な観点から病態や治療を語ってきたが,臨床の現場では心不全という疾患を診るだけでは,患者やその家族が幸せになるとは限らない。とくに高齢心不全では,高齢者を取り巻く社会環境,栄養状態の悪化とサルコペニアそしてフレイル,長い人生で培われた気質,さらに不可避な認知機能低下なども含めて診療・ケアしなければ,臨床医としての役目を果たすことができない時代になった。
そのミッションを貫徹するためには,患者の生活の場である地域において,医師だけではなく,看護師,薬剤師,理学療法士,管理栄養士,医療ソーシャルワーカーなど多職種の協働による包括的な診療・ケアが不可欠である。そして高齢社会において大事なことは,生命はいずれ終焉を迎えるという絶対的な現実を見据えた上で,多職種が互いの障害なく協働できる体制を整えなければならない。
そのような状況をふまえて,2018年4月に厚生労働省「地域におけるかかりつけ医等を中心とした心不全の診療提供体制構築のための研究」研究班(研究代表者:磯部光章)が立ち上がり,その活動の一つとして『地域のかかりつけ医と多職種のための心不全診療ガイドブック』(以下,本ガイドブック)が作成された。
1) 本ガイドブックは,地域においてかかりつけ医となる実地医家を筆頭に,看護師,ケアマネージャーなど多職種にとって心不全診療・ケアの参考となるよう内容を吟味し,またできるかぎり専門用語の使用を控えて表記した。
2) 有床病院ではなく診療所や在宅における高齢心不全患者の診療とケアを中心に記載した。とくに臨床現場で直面するQ&Aを多く採用するなど,現場で紐解き,参考となるガイドブックを目指した。
3) 現状では,高齢心不全の診療について信頼に足るエビデンスは皆無に近いため,本ガイドブックは臨床現場で活躍しているエキスパート,一般医師,多職種の合議により,ガイドラインなど既存の指針を参考にしながら,それらと内容に齟齬がないように作成した。
本ガイドブックは班員によって提起された地域における心不全診療についてのさまざまな課題を,以下に示す4つのコンテンツに集約し,それぞれの分野を専門とする班員によりワーキンググループを構成し,内容の吟味と執筆を担当した。以下に,各コンテンツの概要について紹介する。
心不全という疾患の概念,とくに高齢心不全の病態・心機能についてわかりやすく解説した。また,循環器を専門としない実地医家の視点から,かかりつけ医が心不全患者の日常診療をどのように行えばよいのか,専門医に紹介するタイミングや急性増悪時の対処について具体的に記載した。また,病院の循環器医から心不全患者の逆紹介の際,参考となるよう専門医による最先端の治療についてもわかりやすく解説を加えた。さらにはフレイルやサルコペニアを予防するための心臓リハビリテーションの重要性を強調し,自宅で可能な運動についても図解を交えて詳記した。
地域におけるかかりつけ医をはじめとする多職種それぞれの役割を詳細に記載した。その際,多職種がそれぞれの役割を果たすだけではチーム医療は機能しないという観点から,地域において多職種が協働できるよう連携を意識してそれぞれの役割を記載した。
高齢心不全患者では誤嚥性肺炎がきわめて多いため,オーラルケアの重要性を認識し口内衛生についても言及した。また,高齢者にとって介護と医療の連携は必須であり,介護が必要な患者の生活へのアセスメント,とくに独居老人・老老介護問題をどのように支えていくのか,さらに患者の家族や介護者への指導やサポートについても言及した。
人生はやがて終焉を迎えるという前提で,高齢心不全をどのように診療そしてケアしていくのかという非常に難解な課題について,担当ワーキンググループでは大変熱心な議論が行われた。
心不全診療における緩和ケアの定義や,アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の実践について,かかりつけ医もしくは多職種が使いやすいように詳細に解説した。また,終末期の苦痛の管理や,積極的治療をどこまで継続し,どこから緩和治療に切り替えていくのか,さらに心不全患者を在宅でどのように看取っていくのかなど,まだ十分な知見がない難しい問題についても一歩突っ込んで言及した。
入院診療と地域で診る外来診療をシームレスに進めていくためには,たとえば入退院カンファランスや地域連携パスが重要となる。一つの例としてその具体的な提示も行った。これからの病診連携ツールは,患者の日常努力に依存する紙媒体ではなく,IoTを利用したものでなくてはならない。これから始まるDX(デジタルトランスフォーメーション)時代におけるオンライン診療や医療SNSの活用についても言及した。
たとえば地方と都市部では医療連携の形が異なり,それぞれの地域の特質をもって検討しなければいけない。また,病院内で多職種を召集し協働させることと比較し,地域でそれを行うことはきわめて困難であり,しかしこれから実現しなければならない重要な課題である。本ガイドブックでは,本研究班の目的といってもよいこのテーマについて,今後地域での多職種チームづくりをこのような形で進めていくのがよいのではないか,という一つの提案を示した。
本ガイドブックは厚生労働科学研究費補助金研究班の活動の一環として研究班のホームページ(https://plaza.umin.ac.jp/isobegroup/download_guide/)で公開している。最後に,このガイドブックが地域における高齢心不全患者診療の一助になれば幸いである。