国立循環器病研究センター研究所の野尻崇(生化学部研究員),細田洋司(組織再生研究室長),寒川賢治(研究所長)らの研究グループは,大阪大学呼吸器外科 奥村明之進教授らとの共同研究で,心臓から分泌されるホルモンである心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)が,血管を保護することによって,さまざまな種類の癌の転移を予防・抑制できることを突き止めた。
ANPは主として心臓から分泌されるホルモンで,血管拡張作用およびナトリウム利尿促進作用を有することから,現在,心不全治療薬として遺伝子組換えタンパク製剤が臨床使用されている。
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同グループは,ヒト肺癌細胞やマウス悪性黒色腫(癌の一種)をマウスに移植した肺転移モデルを作製し,ANP投与群と非投与群を比較。その結果,ANP投与群で肺転移が著明に少なくなることを確認した。なお,このマウス悪性黒色腫にはANPの受容体がまったく発現していないことから,ANPの癌以外へ作用が間接的に転移を抑制していることが示唆された。これについて,同グループではANP受容体遺伝子が血管内皮細胞で特異的に欠損しているマウスを用いた実験を行い,欠損マウスでは対照マウスと比べて転移が顕著に多く,かつ,通常では起こらない心臓への転移が認められたことを報告した。逆にANPの受容体遺伝子を血管内皮細胞で多く発現させたマウスでは,対照群と比べて肺転移が顕著に少ない結果となった。
このことから,ANPの癌転移予防効果は,血管への作用を反映したものであり,心臓に癌の転移が起こらない理由としては,ANPが心臓へ保護的に働いている可能性が示唆された。実際,ヒト肺癌手術について追跡調査を続けた結果,ANPを使用した患者の術後再発率は,使用しなかった患者より少なく,良好な成績が得られている。
癌に対する新しい治療法が次々と開発されているものの,頻用される抗癌剤は,20年以上前から大きく変わっていない。また,現在行われている治療は癌細胞自体を攻撃する治療が一般的で,転移を防ぐ薬(抗転移薬)は開発されていない。ANPは血管を保護することであらゆる種類の癌の"転移"を防ぐメカニズムの治療法であり,今後多くの癌治療へ応用されることが期待される。
現在の保険診療では,ANPの使用は急性心不全に限られており,癌患者に対してすぐに使用することはできない。国立循環器病研究センターでは,来年にも適応拡大に向けた臨床治験の実施を進めたいと考えている。
【ニュースソース・問い合わせ先】
(研究関連)国立循環器病研究センター 研究所長 寒川賢治
(その他)国立循環器病研究センター 広報 小林
Tel: 06-6833-5012(代)