私たちは間もなく,比較的軽症の心不全患者に対しても,アルドステロン拮抗薬という新たな治療選択肢をもつこととなるでしょう。それによって心不全患者の予後が改善されることを想像すると,興奮せずにはいられません。今回のEMPHASIS-HFの結果はたいへん喜ばしいものだったと思います。
これまでのACE阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB),β遮断薬は,神経体液性因子を標的とする革命的な薬剤でした。EMPHASIS-HFの結果によってアルドステロン拮抗薬は,完全にその仲間入りを果たしたといえると思います。
アルドステロン拮抗薬エプレレノンに関する過去のエビデンスとしては,重症心不全患者を対象としたRALES試験,心筋梗塞後の患者を対象としたEPHESUS試験があり,いずれもアルドステロン拮抗薬の有用性が示されています。これらの対象者は心不全患者全体からみるとマイナーであり,大多数の心不全患者は蚊帳の外に置かれていました。エビデンスの有無による垣根が存在していたのです。今回,NYHA II度の心不全患者を対象としたEMPHASIS-HFによって,この垣根は取り払われ,アルドステロン拮抗薬は心不全全般で考慮すべき薬剤となったと考えています。
EMPHASIS-HF試験では,アルドステロン拮抗薬の安全性,つまり高カリウム血症とそれによる死亡などを中心とした有害事象プロファイルに関する慎重な検討が行われました。アルドステロン拮抗薬はこれまで,とくに高カリウム血症が懸念され,心不全患者での臨床使用が躊躇されてきた面があります。私は,副作用の程度についてはまだ突き止められていないにもかかわらず,このままアルドステロン拮抗薬の投与の機会が失われていくことに強い危機感をもっていました。
私がEMPHASIS-HFが極めて重要なトライアルだと考える根拠は二つあります。一つは,心不全患者におけるアルドステロン拮抗薬の有用性に,結論が得られたことです。過去には,アルドステロン拮抗薬に有意な効果は認められないとする臨床試験もありました。しかし,今回のEMPHASIS-HF試験はRALES試験と同様に,アルドステロン拮抗薬の明らかな有用性により,早期中止となりました。もう一つは,有害事象の臨床的重要性が明らかにされたことです。エプレレノン群では高カリウム血症の発症率が有意に高いというデータが得られていますが,高カリウム血症に起因する入院や死亡にプラセボ群との有意差は認められませんでした。したがって,アルドステロン拮抗薬で起こりうる高カリウム血症は,対応可能なレベルであると考えられます。すなわち,多くの心不全患者に対し,エビデンスに基づく新たな治療を行うための準備が整ったのです。
われわれの日常臨床は今後,変わっていくのでしょうか? 答えは「イエス」です。EMPHASIS-HFというエビデンスを得た今,われわれは,日常臨床を変えていく義務があるのです。
今後は,EMPHASIS-HFの対象者のような比較的軽症の心不全患者にもアルドステロン拮抗薬を用いていくべきだと考えます。しかしその場合は,とくに高カリウム血症に関して,EMPHASIS-HFのプロトコールで義務づけられた方法と同様の細やかなモニタリングと対応を行うことが必須です。過去に,RALES試験の結果を受け,臨床医はアルドステロン拮抗薬を使用し始めましたが,彼らはRALES試験で行われたようなモニタリングを実施しませんでした。そして,アウトカムは悪くなりました。私たちはこのような過ちを二度と繰り返すべきではありません。ですから,それぞれの臨床医がアルドステロン拮抗薬の投与法や高カリウム血症のモニタリングについて十分に理解する必要があるのです。
われわれは,EMPHASIS-HF試験のプロトコールを注意深く調査する必要がありますし,また,実際に誰がどのようにして高カリウム血症をモニタリングしたのか,医師とのコミュニケーションのきっかけは何だったのか(看護師によるものか),高カリウム血症が多く発症した時期はいつなのか,などについて詳細を徹底的に調査する必要があります。
ACC/AHA慢性心不全ガイドライン作成委員会[注]はアルドステロン拮抗薬に関する推奨を作成するため,EMPHASIS-HF試験の実施者たちに,さらなる詳細情報の提供を求めることになると思います。政府機関もまた,試験期間中における高カリウム血症のモニタリングスケジュールを確実に把握するよう要求するでしょうし,さらに,アルドステロン拮抗薬の適切な投与法や高カリウム血症のモニタリング法を臨床医に理解させることも求めてくると思います。
既存の治療アルゴリズムに新規の治療を組み込むには,臨床試験のプロトコールやベースラインデータをよく理解しなければなりませんから,アルドステロン拮抗薬の臨床応用まで少し時間が必要です。しかし,アルドステロン拮抗薬を用いない心不全治療は,もう間もなく時代遅れの治療となるでしょう。
現在のACC/AHA 慢性心不全ガイドラインでは,ACE阻害薬+ARB併用についてはクラスIIBとし,積極的な推奨は行っていません。個人的には,ACE阻害薬とARBはどちらか一方を用いるべきだと考えています。併用投与の有用性を示すデータがある一方,腎機能への悪影響や忍容性の問題を指摘するデータも存在するからです。ACE阻害薬+ARB+アルドステロン拮抗薬の3剤併用に関するエビデンスは存在しませんから,これは避けたほうがよいと思います。
[注]Yancy氏は2011年に発表されるACC/AHA 慢性心不全ガイドライン作成委員会の委員長
今後は,アルドステロン拮抗薬の作用メカニズムの解明も進んでいくものと思います。アルドステロンは,ナトリウムやカリウムの電解質バランスに対する生理作用をもちますが,それよりも心血管系にもたらす作用が大きいことが知られています。たとえば,炎症の促進,線維化の亢進,不整脈の発生など,アルドステロンはさまざまな方面から心筋に影響をもたらします。アルドステロン拮抗薬の有効性は,アルドステロンのこれらの生理作用を阻害することによって説明されています。ただ,EMPHASIS-HFで得られたようなアルドステロン拮抗薬の効果が,どのメカニズムを介していたのかは明らかにされていません。そして肝に銘じなければならないのは,心不全治療に用いられるその他の薬剤(β遮断薬やACE阻害薬,ARBなど)の作用メカニズムについても決して十分に解明されているとはいえないということです。
また,その他のアルドステロン拮抗薬に関するデータを総合的にみると,EMPHASIS-HFでみられたエプレレノンの有効性は,アルドステロン拮抗薬全般でいえるものと個人的には考えています。
<→EMPHASIS-HF: NYHA II度の慢性心不全患者におけるエプレレノンとプラセボの死亡または心不全入院に対する効果の比較>