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HbA1cの新たな局面
A1c

糖尿病の診断基準および治療目標の基準として用いられているHbA1c(A1C)*。しかし,HbA1cの国際標準化はいまだ模索中であることは,あまり知られていない。

HbA1cの標準検体は,米国と多くの欧州諸国,日本,スウェーデンで異なっていたため,2001年,国際臨床化学連合(IFCC)が化学的により正確な方法を用いたIFCC-HbA1cを開発し公表した(Clin Chem Lab Med. 2002;40:78-89. [PubMed])。しかし,従来から用いられてきた測定法からの一本化が難しいことから,IFCCと国際糖尿病連合(IDF),米国糖尿病協会(ADA)は,共同声明で,HbA1cの測定値の報告は,IFCCの基準分析法による値(IFCC-HbA1c)と変換式による値(A1C)の両方を併記するよう勧告した。今後,臨床の場で従来使われてきた数値との相関や併用の方法など,解決しなければならない課題も多く残っている。

ここでは,2009年12月にDiabetes Careに掲載された,Mount Sinai School of Medicine のZachary T Bloomgarden氏によるADA2009のレビュー(Diabetes Care. 2009;32:e141-7. [PubMed])をもとに,米国での糖尿病診断事情を中心に紹介する。
*HbA1cとA1Cに関する問題については,次号で紹介します。

■糖尿病の診断基準としてのHbA1c(A1C)

現在,IDF,ADA,欧州糖尿病学会(EASD)の3団体は,糖尿病の診断基準をA1C≧6.5%と定め,血漿グルコース濃度測定は基準に含めていない。Harvard Medical SchoolのDavid Nathan氏は,A1Cについて「血糖値よりも優れた“glycemic exposure”指標」と述べ,糖尿病の慢性管理において有用であると評価し,“糖尿病予備軍”の状態である前糖尿病患者においても,「A1C値の連続した高値を診断基準とすべき」と提言している。

A1Cは「食事などの影響を受けにくい」,「検査にまつわる煩雑さが少ない」,「治療の有効性をより正確に測定できる」というメリットがある一方で,「赤血球の代謝に影響する因子が存在する場合には,正確な測定が困難」という弱点もある。Zachary T Bloomgarden氏は「高齢者や黒人,鉄欠乏や遺伝的にヘモグロビンが糖化しやすい人では過剰診断がなされる可能性がある一方,貧血,腎不全,異常ヘモグロビン症例では,糖尿病が見過ごされてしまうという懸念もある。A1Cが唯一の診断基準となると,こうした誤診を見分けるのが困難になる可能性もある。さらに,今後数十年で糖尿病患者の増加がもっとも懸念される国の多くでは,誤診を見分けるための検査も容易ではない」と問題点を指摘している。

■推定平均血糖値を導入するべきか

前述のとおり,IFCC-HbA1cは,米国で現在用いられているA1Cよりも化学的に正確であるものの,その値は従来よりも小さなものになるため,臨床現場に混乱をもたらすことが危惧されている。そのため2004年のIDF/EASD/ADAの合同ワークショップにおいて,“従来の”A1Cと“新たな”IFCC-HbA1cの妥協案として,推定平均血糖値(eAG)を併記することが推奨された。

eAGはA1Cから算出するもので,過去1?2ヵ月の平均血糖値の指標となるものである。血糖値とA1Cは測定方法が異なるため,両者の併用には混乱が懸念されるが,eAGはA1Cから算出する値のため,その問題が回避できる。有用性を支持する声も多いが,Bloomgarden氏は,「A1C自体がさまざまな因子により影響を受けるため,そのA1Cから算出されるeAGもそれほど正確なものではない」と慎重な態度をみせている。

さらに,たとえ糖尿病の重症度が同じであっても,ヘモグロビンの糖化レベルは患者によって異なることも,eAGによる血糖モニタリングを難しいものにしている。

しかし,eAGを導入するかどうかにかかわらず,糖尿病患者が自身の血糖状態を理解することにより,症状がコントロールしやすくなる,などの有用性もある。Bloomgarden氏は,年齢や民族的背景,赤血球に影響を与える因子も考慮に入れた,新たなアプローチの構築の必要性を訴えており,今後の動向が注目される。
*eAGの詳細については,次号で紹介します。

■日本における糖尿病診断の今後の動向

日本国内における現行の糖尿病診断基準は,空腹時血糖値≧126mg/dLまたは75g糖負荷試験(75gOGTT)2時間値≧200mg/dL,あるいは随時血糖値≧200mg/dLであり,HbA1cは基準に含まれていない(糖尿病治療ガイド<2008-2009>. 2008年発行)。

しかし,2010年には11年ぶりに診断基準が改訂され,HbA1cの診断における位置づけが大きく変わる予定である。2009年に日本糖尿病学会が開催した「糖尿病の診断基準とHbA1cの国際標準化に関するシンポジウム」では,HbA1cの国際標準化を受けて,従来のJDS値からNGSP値に切り替えていくことが発表された。それに伴い,NGSP値をA1C,JDS値をHbA1cと表記し,当面は両者が併記されることになるが,日常臨床での混乱も懸念されている。

次号では,日本の新しい糖尿病診断基準を解釈するうえでも重要となる,HbA1c(JDS値)とA1C(NGSP値)との関係について,日本糖尿病学会の,糖尿病関連検査の標準化に関する検討委員会委員長の柏木厚典氏(滋賀医科大学附属病院)による詳細な解説を掲載する予定である。

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