2011年1月,日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社は,経口直接トロンビン阻害薬「プラザキサ®カプセル」(一般名:ダビガトランエテキシラートメタンスルホン酸塩)が,非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中と全身性塞栓症の発症抑制の適応で,日本での承認を取得したと発表した(関連記事)。プラザキサ®は,日本では約半世紀ぶりに心房細動患者における虚血性脳卒中と全身性塞栓症の発症抑制の適応で承認された経口抗凝固薬であり,心房細動患者における脳卒中予防の新たな治療選択肢として期待が寄せられている。
是恒之宏氏 | 内山真一郎氏 |
これをうけて,2011年2月14日,同社による記者会見が行われ,是恒之宏氏(国立病院機構大阪医療センター)と内山真一郎氏(東京女子医科大学)より,心房細動患者における脳卒中予防の現状とプラザキサ®への期待について講演が行われた。
心房細動は加齢とともに発症率が上昇するため,社会の高齢化にともない患者数が年々増加している。心房細動患者では他の心血管疾患よりも脳卒中の発症頻度が高く,大きな問題となっている。脳卒中は「血管が詰まる」脳梗塞(ラクナ梗塞,アテローム血栓性脳梗塞,心原性脳塞栓症)と,「血管が破れる」脳出血,クモ膜下出血に大別されるが,心房細動に起因する心原性脳塞栓症は,病巣が広範囲で重症化しやすく,国内の疫学研究の結果から他の脳梗塞よりも生命予後が悪いことが明らかとなっている。
脳卒中を予防するため,心房細動患者に対してはワルファリンを中心とした抗血栓療法が行われている。脳卒中のリスクは一般にCHADS2スコア(C:うっ血性心不全,H:高血圧,A:年齢≧75歳,D:糖尿病,S2:脳卒中・一過性脳虚血発作の既往)により評価され,高リスク患者にはワルファリンを投与すべきとされている。日本循環器学会や日本脳卒中学会のガイドラインでも,CHADS2スコア2以上ではワルファリン療法を推奨し,1の場合は同療法を考慮してよいとしている。しかし実際には,CHADS2スコア1–2の症例のうち,ワルファリンが投与されているのは約半数のみであり,85歳以上の高齢者ではさらに使用率が低い。その理由として,コントロールの難しさや出血のリスク,食品や他の薬剤との相互作用の問題があげられる。ワルファリンの使用に際しては,PT-INR(プロトロンビン時間国際標準比)のモニタリングと用量調節を行い,TTR(INR至適範囲内時間)を良好に保つことが必要となる。また,ワルファリンはビタミンKによりその作用が減弱してしまうため,ワルファリン投与例では納豆などビタミンKを含む食品の摂取が制限される。
心房細動における脳卒中の一次予防では,ワルファリンの投与開始後は,PT-INRを1–2週間ごとに測定し,目標とするPT-INR範囲に到達した後は1ヵ月ごとに測定しなければならない。またワルファリンを投与している患者ではビタミンKの摂取が制限されるため,骨粗鬆症のリスクが高まる可能性が指摘されている。
こうしたなか,今回承認が取得されたプラザキサ®は直接トロンビン阻害薬であるため,定期的な血液検査を必要とせず,また食品や他の薬剤との相互作用も少ないとされており,より簡便な治療薬として注目されている。
このプラザキサ®は,日本も参加したRE-LY試験においてワルファリンと比較され,プラザキサ®150mg 1日2回はワルファリンよりも脳卒中または全身性塞栓症の発症率を35%低下させ,110mg 1日2回は頭蓋内出血の発現率を70%低下させた(関連記事)。
是恒氏は「ワルファリンは専門医が投与する場合が多かったが,プラザキサ®はコントロールが容易なため,専門医以外の医師が処方することが可能となり,より適切でスムーズな治療につながるのではないか」と述べた。
2010年12月のLancet Neurology誌に,RE-LY試験参加者のうち,一過性脳虚血発作や脳梗塞の既往例を対象としたサブグループ解析の結果が発表されたPubMed。全体での結果と比べて症例数が少なくなるため統計学的な有意差はなかったものの,ワルファリンと比べてプラザキサ®110mg 1日2回と150mg 1日2回は,脳卒中または全身性塞栓症の発症率と,頭蓋内出血の発現率を低下させ,110mg 1日2回は大出血の発現率も低下させた。
内山氏は「プラザキサ®はワルファリンよりも出血のリスクが低いため,安全性の高い抗凝固薬として普及することが期待される。これにより,激増している心房細動による重症脳梗塞の発症を抑制し,大きな医療経済効果も見込まれる」と結んだ。