わが国では,脳卒中をはじめとする脳血管疾患の患者数は約134万人にのぼり,年間12.8万人が死亡している。また,脳卒中を発症して一命をとりとめたとしても,依然として重い後遺症や再発のリスクに悩む患者や家族は多い。一方,わが国でも2005年10月にt-PA(組織型プラスミノーゲン活性化因子)を静注する血栓溶解療法が承認されたことで,迅速な搬送・診断ができれば後遺症を軽減できる可能性が大きくなった。
社団法人日本脳卒中協会では,毎年5月25〜30日を「脳卒中週間」としてさまざまな啓発活動を行っている。その一環として,日本脳卒中協会とファイザー株式会社による脳卒中啓発プレスセミナーが5月19日に開催され,脳卒中対策基本法の制定に向けての活動,一般市民向けの啓発活動の効果,および秋田県で長年にわたって続けられてきた脳卒中予防対策について講演が行われた。
はじめに,日本脳卒中協会の最近の活動について,理事長の山口武典氏(国立循環器病研究センター名誉総長)から紹介があった。同協会では,これまでに市民シンポジウムの開催,広報誌の発行,体験記や標語の公募,メディアを通じての広告発信など,さまざまな啓発活動を行ってきた。
また,同協会では現在,脳卒中対策基本法(仮称)の制定に向けた取り組みに力を入れており,その具体的な内容および経過について,専務理事の中山博文氏(中山クリニック院長)から報告があった。脳卒中対策基本法の基本理念は下の5つ。とくに「速やかな脳卒中医療」の柱となるt-PA治療に関しては,劇的な生命予後・機能予後改善効果が期待できる一方で,治療の対象が発症3時間以内の超急性期患者に限られるというハードルがある。中山氏は,「現在のt-PA治療実施率は脳梗塞発症者の約2%と非常に低い水準にとどまっており,一般市民への啓発,迅速な救急搬送体制の整備,対応可能な医療機関の把握などのためには法制化が必要である」とあらためて強調した。
脳卒中対策基本法(案)の基本理念
国立循環器病研究センターの岡村智教氏は,市民啓発のための介入キャンペーンの効果および課題について講演した。
まず,秋田市,呉市および静岡市の住民を対象に,それぞれ強度を変えた啓発(強度/軽度/対照)を行った結果,10の選択肢のなかから下に示した脳卒中の発作時症状(5つ)を正しく回答できる人の割合は,強度啓発地域で有意に高くなっていた。
また,同時期に各地域で実施されていた公共広告機構(AC)による日本脳卒中協会の新聞広告についても検討を行った結果,マスメディアによる情報提供は,啓発活動と組み合わせることによりさらに大きな効果を示すことがわかった。
そこで,マスメディアと連携した啓発活動の効果について検討するために,NHK岡山放送局の協力により約1年間(2009年4〜2010年3月)にわたって実施された「脳卒中防止キャンペーン」の前後に調査を行った。キャンペーンでは,1日の複数時間帯におけるスポットCM(約1分)の放映,地域ニュース番組での特集,番組内でのパネル展示やNHKホームページでの紹介などが行われた。
調査項目は,脳卒中初期症状に関する一般市民の知識の改善,地域の発症来院時間・救急車利用率等の変化,t-PA療法実施率の変化,後遺症の軽減がみられるかどうかなど多岐にわたっており,現在,データを解析中である。
最後に,秋田県井川町長である齋藤正寧氏が,今年で47年目となる町の脳卒中予防対策の歴史について講演した。
井川町で脳卒中予防対策が開始された1963年当時は,脳卒中はいわば「県民病」。井川町民の1日の食塩摂取量は実に23g(1965年)で,脳卒中発症率は全国水準を大きく上回っていた。30代,40代の若い人が発作を起こすことも多く,人々は脳卒中にかかることを「あたる」といって恐れた。しかし40年以上を経て,食事や労働,暖房器具の種類など生活パターンは大きく変化し,町が実施してきた循環器健診,健康指導,予防キャンペーンなどの効果もあって脳卒中発症率は減少した。
ただし近年の課題として,血圧値にやや上昇傾向がみられること,男性(とくに未受診者)の脳卒中が減らないこと,中等度高血圧を放置している人の脳卒中発症,糖尿病・心疾患等合併者の脳卒中発症,肥満を土台とした生活習慣病の増加,若年層の喫煙率の高さなどがあげられている。このため町では,壮年層の未受診者への働きかけや夜間の健診の実施,診療との連携強化をはじめ,脂質異常症・糖尿病・肥満・禁煙対策にもいっそう力を入れていく予定であるとしている。
井川町の脳卒中予防対策のかつての目的は,「働きざかりの世代の脳卒中の悲劇をなくす」こと。現在は「町民がみなすこやかに老いることのできる町」を目指し,健診が続けられている。
< 2010.7.01 >
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