[トピックス]VTE Protection Networkプレスセミナー
—静脈血栓塞栓症(VTE)の突然死リスクと予防啓発のために—

長期臥床や手術では血栓が発生しやすい状態になる。この血栓が血流を阻む「静脈血栓塞栓症(VTE)」は,無症状で進行し,ひとたび血栓が肺に達して肺血栓塞栓症(PTE)を発症すると3割が死亡するという突然死リスクの高い病態である。

近年,高リスク患者に対する理学的予防が普及したことによりVTE発症率は低下しているものの,日本における薬物による予防の実施率は海外と比較して低い。

2月2日,サノフィ・アベンティス(株)が開催したプレスセミナーでは,日本のVTE予防に関する現状と課題について,左近賢人氏(西宮市立中央病院・病院長)による講演が行われた。

VTE Protection Network プレスセミナー
2010年2月2日,大手町ファーストスクエア(東京)
静脈血栓塞栓症(VTE)発症前の予防が重要

正常な血管では,血液は詰まらないように機能している。しかし癌や手術,肥満,長期臥床,妊娠,高齢などの要因によって(1)血流の停滞,(2)血液凝固能の亢進,(3)血管内皮障害が起こり,それらの総合得点が臨界点を越えると,血栓が発生しVTEが発症する。

VTEには,体の深部の静脈で血栓が発生する「深部静脈血栓症(DVT)」と,血栓が肺動脈へ達し塞栓する「肺血栓塞栓症(PTE)」が含まれる。DVTの2/3は無症状で,PTEも特異な症状はないため診断は難しいが,PTE発症例の死亡率は3割に達する。発症後の治療では致死率を抑制することが難しいため,VTEの発症が予想される症例では予防が重要となる。

薬物的予防の実施率は低調

日本では2004年に肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会による同ガイドラインが発表され,理学的予防による肺血栓塞栓症予防管理料が保険収載された。これを受けて早期離床,積極的な運動,弾性ストッキングの着用,間欠的空気圧迫法などの理学的予防の実施率が増加。周術期のPTE発症率は顕著に減少した。しかし,理学的予防の効果は先述の血栓形成要因(1)〜(3)のうち「(1)血流の停滞」の抑制のみ。「(2)血液凝固能の亢進」「(3)血管内皮障害」の抑制には薬物療法が必要になるが,日本麻酔科学会麻酔指導病院を対象としたアンケートでは,周術期PTE発症例において抗凝固療法が実施された割合は約10%に留まっていた。消化器外科医師100名からの回答を得た全国調査でも,高リスクおよび最高リスクの患者に対する薬物的予防実施率は30%に留まっている。

ガイドラインの改訂に期待

欧米では周術期に発症するVTEについて40年ほど前から認識されており,現在は低分子量ヘパリンによる予防が広く普及している。2008年に報告された海外32ヵ国の2万例を対象とした研究では,危険因子を保有する入院患者に対する抗凝固薬の使用率は54.9%と報告された。日本でもようやく数年前から抗凝固薬のVTE予防に対する臨床試験が実施され,2007年に合成Xa阻害剤フォンダパリヌクス,2008年に低分子量ヘパリンエノキサパリンが静脈血栓塞栓症の適応を取得,発売が開始された(以前から適応となっている未分画ヘパリンなどの薬剤もあるが,国内臨床試験は実施されていない)。しかし,これらの臨床試験は2004年以降に発表されたため,現行のガイドラインには反映されていない。現在,ガイドラインは最新のデータに基づいた改訂作業が進められている。

抗凝固薬の使用は出血のリスクを伴うため,投与時期や個々の症例の出血リスクについて主治医の判断が重要となる。2008年に改訂されたAmerican College of Chest Physicians (ACCP)ガイドラインでは,手術終了時など出血リスクが高い場合に理学的予防を推奨し,出血リスクが低下した後に,抗凝固薬による予防を検討することを推奨している。

左近氏は,国内の消化器外科術後のPTE発生状況や海外の腹部手術後のVTE発生状況を紹介し,術後1ヵ月程度はVTEの発症に注意する必要があると述べた。