日本心不全学会は2023年10月「血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版」を公表した1)。2013年の「血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療の留意点について」2)を10年ぶりに改訂したもので,第27回日本心不全学会学術集会(会長:吉村道博氏[東京慈恵会医科大学],10月6~8日,パシフィコ横浜ノース)で,同学会理事長の絹川弘一郎氏(富山大学)が特別提言「BNPに関する学会ステートメントのアップデートについて」を行った。
絹川氏は改訂の経緯として,2021年に日本心不全学会,欧州心臓病学会,米国心臓病学会が合同で心不全の国際定義を策定したこと3),2023年4月に同3学会が合同で血中BNP/NT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント4)を公表したこと,アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI,2020年発売)が使用されるようになったことなどをあげた。加えて,近年増加している左室駆出率の保持された心不全(HFpEF)では,左室駆出率の低下した心不全(HFrEF)や軽度低下した心不全(HFmrEF)にくらべてBNP/NT-proBNPが相対的に低値であることが多いが,診断において重要な意味をもつことからも,これまでの数値を見直す必要があったと述べた。
カットオフ値のおもな変更は,以下の3点。
1) 心不全の可能性があるカットオフ値が,BNP値40 pg/mL → 35 pg/mLに変更
心不全の国際定義3)において,心不全と診断する値は血中BNP 35 pg/mL,NT-proBNP 125 pg/mLとされた。これをふまえて,本ステートメントも,BNP 36.4 pg/mLがHFpEF診断に有用との報告や,BNP 34 pg/mLが左室機能障害や左室肥大の鑑別に陰性的中率99.5%で有用であるとの海外一般住民データなども参考に5, 6),40 pg/mLから35 pg/mLに変更したという。BNP 35 pg/mLに対応するNT-proBNP値は,BNP 40 pg/mLのときから変更なく125 pg/mLとされた。
絹川氏は「本来,心エコーで恒常的に構造的心疾患や充満圧上昇の数値が認められることが前提であるが,多くの臨床医が細かな数値を確認しなくても患者をスクリーニングできるように,心不全ステージAとBの境界に合致する値として35 pg/mL / 125 pg/mLを設定している。とくに高齢者では,これを超えると,将来的に心不全が発症する可能性が高い」と述べた。
2) BNP値100 pg/mLに対応するNT-proBNP値が,400 pg/mL → 300 pg/mLに変更
BNP 100 pg/mLに対応するNT-proBNP値も,国際基準との整合性を考慮して400 pg/mLから300 pg/mLに変更された。
この境界値としての100という数値には「大きな理由はない」と絹川氏はいう。わが国のデータからは,NT-proBNP値300 pg/mLに相当するBNP値について,60~75 pg/mLと若干低値な可能性も示唆されており7),本ステートメントでは今後の検討課題とされている。
3) 心不全診断や循環器専門医への紹介基準が,BNP 100/NT-proBNP 400 pg/mL →BNP 35/NT-proBNP 125 pg/mLに変更
絹川氏は,「これまでBNP 40~100 pg/mLは『軽い心不全かもしれない』という区分だったが,今回の分類でBNP 35~100 / NT-proBNP 125~300 pg/mLは『心不全(特にHFpEF)の可能性もあるし,前心不全(pre-Heart Failure)であるかもしれない』という区分にした。BNP 100 / NT-proBNP 300 pg/mL超については『すでに心不全を発症している』という意図を強くした。BNP 200 / NT-proBNP 900 pg/mL以上については,「近い将来に入院が必要になる可能性がある高リスク区分」と述べ,BNP 35 / NT-proBNP 125 pg/mLから精査や循環器専門医への紹介の対象とするように変更したことを説明した。
【図1:BNP/NT-proBNPを用いた心不全診断や循環器専門医への紹介基準のカットオフ値】
(日本心不全学会.血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版.
http://www.asas.or.jp/jhfs/topics/bnp20231017.html1)より)
【表:BNP/NT-proBNPカットオフ値】
BNP | NT-proBNP | 2023年版 | (2013年版) |
0~18.4 | 心不全の可能性は極めて低い | 心不全の可能性は極めて低い | |
>18.4 | >55 (2023年版で新設) |
心不全の可能性は低いが可能ならば経過観察 | 心不全の可能性は低いが,可能ならば経過観察 |
>35 (2013年版では>40) |
>125 | 前心不全~心不全 前心不全(心臓機能障害があるが心不全症状/徴候がない),または心不全の可能性がある |
軽度の心不全の可能性があるので精査,経過観察 |
>100 | >300 (2013年版では>400) |
心不全 心不全の可能性が高い |
治療対象となる心不全の可能性があるので精査あるいは専門医に紹介 |
>200 | >900 | 高リスク心不全 近い将来に心不全悪化による入院などの必要性が生じる高リスク心不全である可能性が高い |
治療対象となる心不全の可能性が高いので精査あるいは専門医に紹介 |
BNP/NT-proBNPガイド下治療について,2013年版では死亡率減少に有効というエビデンスはないとされ,前回値より2倍に上昇したときは何かあるので原因探索して早めの介入をするように,という程度の記載だった。今回も「研究により結果は一貫していない」とされたが,最近のメタ解析で死亡率の低下や心不全再入院の抑制が示唆されていることが紹介された。
2023年版では,加えて,慢性心不全管理のためのBNP/NT-proBNPの変化率の参考値が図示された(図2)1)。急性心不全による入院患者では,退院時のBNP/NT-proBNP値が入院時よりも30%以上低下(改善)していれば,退院後の予後(死亡や心不全の再入院などの心血管イベントの非発生率)が良好であるという8)。一方,前回値よりもBNPが40%以上,NT-proBNPが30%以上上昇したときは,心不全増悪の可能性を考慮し,その原因を探索し,早期介入することが必要とされた。
絹川氏は「『40%』『30%』と数値にとらわれないよう,変化率をグラデーションで表現した」「増悪時はβ遮断薬の増量はしないほうがよい,安定しているときこそβ遮断薬を増量してほしい,BNP値が悪化したときは利尿薬の用量調整(増量・多剤)の検討をしてほしい,うっ血性所見がないときは利尿薬の用量を少し減らせるかもしれない,というメッセージを図にまとめた」と述べた。
そして「海外では,頻繁にBNP/NT-proBNPを測定しても治療に役立つのか,と思われている。医療費の問題もあると思うが,ガイド下治療について明確に記した指針がないことも原因と考えられる。本ステートメントはデータに基づくものではなく専門家の意見であるため,忌憚のない意見を寄せて欲しい」と呼びかけた。
【図2:BNP/NT-proBNPを用いた慢性心不全管理】
(日本心不全学会.血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版.
http://www.asas.or.jp/jhfs/topics/bnp20231017.html1)より)
ステートメントには,アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)はBNPを含むナトリウム利尿ペプチドの分解を抑制するため,使用時のBNP値の解釈について注意する必要があることも記載された。
BNP/NT-proBNP値のみでは基礎心疾患までは判断することができない。症状,徴候,心エコー検査を含めた他の検査と合わせて総合的に判断し,基礎疾患を考慮しながら,心不全診療ガイドラインに準じた標準治療薬を含めた適切な治療介入が求められる。ステートメントでは,過去のBNP/NT-proBNP値を参照しつつ,個々の症例に最適なBNP/NT-proBNP値を見つけ,その値を目標として,定期的に測定し心不全管理することが推奨された。
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